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「いらっしゃい。泡、飲むかい」
「飲む飲む~!」
そう言いながら、僕の隣1つ空けてカウンターに座る彼女。どうやら常連らしい。
「初めまして」
彼女はにこ、と微笑んで僕の方に会釈した。
白状しよう、僕は「一目惚れ」がきっかけの恋だなんて、まともじゃないと思っていた。
それは相手の外面しかみていないことと同義であると捉えていたからだ。
けれど人生30年間も生きていれば、「ビビっとくる」瞬間もあるもので。
つまり彼女は僕にとって、恐らく最初で最後であろう「一目惚れ」の相手となったのだ。
「せっかくだから二人で乾杯したらいいじゃない」
マスターの提案に、僕は「えっいやそんな」としどろもどろするも、彼女はあっさり「いいね、一期一会に乾杯!」とわけのわからない音頭をとって、チンと無理やりグラスを合わせてきた。
今思えばもうちょっとロマンチックな乾杯をしても良かったんじゃないかと思うけれど、これはこれで彼女らしい。
その後、彼女といろんな話をした。
僕は自然に振舞いながらも、彼女が話す内容を聞きもらすまいと必死だった。
年齢は僕の3つ下。将来ソムリエを目指しフレンチレストランで修行をしているそうだ。
ワインの勉強のため、唯一の水曜日休みはこのワインバーに訪れ、マスターにワインのことを教えてもらっているらしい。
彼女のことを形容するのは、とても難しい。一見単純そうにみえて、色んな性質を併せ持った複雑な人間だったからだ。
向日葵のように元気でハツラツとしているかと思えば、ポッと咲きたての桜みたいな愛らしい表情をみせたり、雨上がりの朝顔のように儚い雰囲気を醸し出したりする。
犬のように無邪気かと思えば、猫のような鋭さと色気をちらりと伺わせ、兎のようにか弱いところをみせたりなんかもする。
とにかく僕は、たった数時間話をしただけで、すっかり彼女の虜になった。
あんまりころころ表情や仕草を変えるもんだから、彼女を観察するのに夢中になってしまい、僕はあろうことか、彼女の連絡先を訊くのを忘れてしまった。
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