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育ててくれた父が明かしたいとそう望むのなら、裕幸はただ受け入れるしかない。
心の奥で泣き叫ぶ幼子に、気づかないふりをして。
「具体的に久我と母さんの間で何があったのかは知らない。お父さんが病院で久我の枕元に呼ばれたときには、お前はもう母さんのお腹の中にいた。久我に、自分はもう長くないからと、お前と母さんのことを頼まれた」
父は唇を湿らせるようにお茶を一口飲んだ。
そして僅かに口の端を笑みの形に歪める。
「……一度も言ったことはなかったけど、父さんが母さんを好きだったこと、あいつは知っていたんだな」
懐かしそうに裕幸に笑いかける、父を見返すのが怖い。
裕幸は、父は裕幸と血が繋がって居ないことを知らないのだろうと思い込んでいた。
いや、そう思いたかった。
今までずっと守ろうとしていたものは最初からこの手の中にはなかったなんて、一生知らないままでいたかった。
母がかつての恋人の面影をこの顔に探したように、父も今は亡き親友を見ることもあったのかもしれない。
今までその可能性に思い至らなかった自分が、あまりにまぬけて自嘲する。
格好いいと褒めそやされることの多い自分の顔が、ますます嫌いになりそうだ。
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