第12章

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夜の十時過ぎ。自室の椅子に腰掛けて本を読んでいると、携帯電話がなった。 表示を見ると、それは数日前に交際を始めたばかりの、年下の恋人からだった。 読みかけの本を脇に寄せて、軽く深呼吸してから通話ボタンを押す。手の中の端末はすぐにを明るい声を耳に届けた。 『亮さん、今平気?』 「こんばんは、裕幸くん。家で本読んでいただけだよ」 『ふぅん。受験も終わったことだし、亮さんのお勧めの本だったら読みたいな。その本面白い?』 尋ねられ、机に置いた本をちらりと見る。 話題作だから職業柄目を通してみたけど、正直亮の好みではなかった。 最近の書籍は読み手の傾向に合わせているのか、視覚に訴えかける描写が必要以上に多く感じられる。 映像化することが商業的に成功する最短の道になってから久しい。ある程度仕方のないことだとは分かっているが、亮としては少し残念にも感じる。 だけど裕幸はいまどきの若者らしく、それを屈託なく面白いと思える感性の持ち主だ。ひょっとしたら裕幸の琴線には触れるかもしれない。 「どうかな…まだ読みかけだから。それより、どうしたの?その声」 つい先日、合格発表の日に会ったときには普通だったのに、今受話口から聞こえる声は可哀想なくらい嗄れている。 もともと裕幸は印象的な声をしているのに、掠れた声はいつも以上に耳に残る。 なぜだか妙に心乱れ、早口で尋ねると、裕幸は乾いた咳払いをした。 『実はあの後風邪ひいちゃって…。ずっと亮さんに連絡したかったんだけど、熱でぼうっとしてて出来なかったんだ』 そういえば、現代っ子代表のような裕幸が、付き合いたての恋人に何日も連絡を寄越さないのは珍しいことなのかも知れない。亮自身が人付き合いが不精なせいで思い至らなかった。 最後に会ったとき、どこか不安定にみえた裕幸のことが気にはなっていたけど、思いを分け合って、それでもう大丈夫のような気がしていた。 「そっか。気づかなくてごめん。こちらから連絡すれば良かったね」 『ううん、亮さんのせいじゃないよ。気にしないで』 耳に押し当てた携帯から聞こえる、いつもよりやや低い裕幸の声がなぜだか気恥ずかしい。少しだけ耳から携帯電話を浮かせて、距離を取った。 だって、亮の機嫌を取るような裕幸の物言いは、ひどく甘くてやさしくて。とてもじゃないが耳元でなんて聞いていられない。
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