第12章

5/9

1032人が本棚に入れています
本棚に追加
/132ページ
破裂音によく似た騒音でひとしきり咳き込んだ後、裕幸はしばらくうんうん唸っていたが、やがて自分の中で何らかの意見がまとまったらしく、やけにきっぱりと指示してきた。 『気持ちはすっごく嬉しいんだけど、止めておいて。多分亮さんひいちゃいそうだし』 「……分かった」 亮がひいてしまいそうなものを裕幸は見て楽しんでいるのかと思うと、空恐ろしい気もしたが、詳しく詮索するのは止めておく。 そうだ、と居直られても怖いし、そもそもつい数ヶ月前まで可愛い弟としか思って居なかった青年と、こういう関係になって、さらにこんな際どい会話をするようになってまだ久しい。 記憶に残る在りし日の幼い裕幸とのギャップに眩暈がして、深く考えることを放棄してしまう。 ぼんやりと目を上げた窓の向こうには、家屋のシルエットが惣闇色に沈んでいる。遠くの方で電波塔が赤いランプを明滅させているのを眺めていると、裕幸は気まずそうに口を開いた。 『こんな話した後に何なんだけど、実は、重大な報告がもう一つあって』 「うん?」 両親に自分が異性を愛せないことを打ち明けることよりも重大な話なんてあるだろうか。 半ば逃避していたこともあり、その後に続く話に咄嗟に身構えることが出来なかった。 『父さんに、オレの本当の父さんの話をされた』 すぐには裕幸が何と言ったのか把握出来ず、何度も瞬きを繰り返す。 呆けたように電話を手に立ち尽くしている内に、彼の言葉がじわじわと浸透してきて、理解すると共に肌が粟立った。 「それっ……!」 『やっぱり、オレが一度病院で見たひとは、オレの父にあたるひとだった。元々病弱で、俺が母さんのお腹にいるときにはもう、何かの病気で長くないって言われてたんだって』 語る裕幸の声に気負いは感じられず、亮も少しだけ落ち着きを取り戻す。 少なくとも、今の裕幸は直ちに亮を必要とするほどに取り乱してはいない。知らず掴んでいた灰茶色のカーテンを離し、呼吸を整える。 「お父さんは、そのことを知っていらしたの?」 『知ってるも何も、久我と父さんは親友で、本人からオレたちのこと、直接頼まれたらしいよ。オレ、ずっと母さんは不倫してたのかと思ってたから、そうじゃなくてほんと良かった』 良かった、と言いつつやけに平淡なその声は、ふと亮を不安にした。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1032人が本棚に入れています
本棚に追加