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しかし、ドアノブに手をかけたところで引き止められた。
「あ、ちょっと待て青山。来月のシフトだけど、」
「今まで通りでいいですよ」
軽く返事をして流そうとしたが、店長は微妙な顔をしていた。
店長の言わんとしていることは分かっている。
高校三年生の春。本来ならそろそろ受験シーズン真っ只中のはずだ。
「……お前、本気でうちに就職するつもりなわけ?」
「そうですけど。何を今さら」
「いや、青山がうち来てくれるならありがたいけど。お前オベンキョウ出来るだろ。高校だって特進クラスなんじゃなかったっけ」
裕幸の通う華咲高校は、ありていに言って偏差値が低い。けれど裕幸はその中でも一クラスしかない特進クラスに在籍していて、かつ成績はその中でもかなりの上位に入る。
裕幸が就職するつもりだと明かせば、学校でもそれなりに物議を醸す自覚はあった。
「…うちのガッコ、アホばっかなんで。そこそこ出来ればみんな特進だし」
わざと卑下してみたが、見かけによらず真面目なところのある店長は、眉を寄せたままだった。仕方なく、なるべくていねいに言葉を選んで、自分の思いを伝える。
「オレ、早く社会人になりたいんです。この仕事も好きだし。やりたいことも見つかったのに、四年間も大学行って、だらだらしたくない」
自分でもお手本のような受け答えだと感じたが、店長はとどことなく不満そうだ。
模範的過ぎて嘘臭く聞こえたのかもしれない。
「……まぁ、お前がそう言うならいいけど。ちゃんと親にも話つけておけよ」
「親には了承を得ています。…何ですかその顔、ほんとですよ」
店長はなぜか疑わしそうに裕幸を見ている。節くれだった手でぼさぼさ頭をかき、ため息をつくと、逡巡しながら口を開いた。
しかし結局何も言わず、裕幸の頭を軽く叩いて、倉庫から出て行った。
親にはとうに話してある。彼らは裕幸の決めたことに、決して口出ししない。
嘘なんて一つも言っていないのに、なぜだか後味の悪い気持ちが残った。
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