第12章

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だって、裕幸が己の出生をどれほど気に病んでいたのか、亮は知っている。 お母さんが裏切っていなかったから、お父さんも知っていたから。その事実だけで一朝一夕に彼の胸に焼きついた痼りがなくなるはずがない。 裕幸は、しばらく熱が出て臥せっていた、と言っていた。 どんなにか悩んだのだろう。取り返しのつかない時間を悔やんだだろう。 その間、亮は何も知らされず、ただのうのうと暮らしていたなんて。携帯電話を耳に押し当てたまま、後悔を胸に目を閉じる。 『だからその、久我さんも、オレの存在を知っていて、それなりに大事にしてくれてたらしい。…少なくとも、全くの無関心ではなかったみたい』 言葉少ない説明からは、彼の感情はまるで読み取れなかった。 直接会って、顔を見て話せば、きっと全然違ったのに。電話ごしのこの距離がもどかしい。 「お父さんはどうして急に、裕幸くんにその話をする気になったのかな」 尋ねれば裕幸は少し言いにくそうにためらった。 『それは…もともといつかは言おうと思っていたみたいだよ。それから、父さんかなり酔っ払ってたから、息子にゲイだって打ち明けられて、つい口が滑ったんじゃない?』 ということは、この話は裕幸のカミングアウトが引き金となったのか。 それが裕幸にとって必要だと信じたからこそ提案したのだが、その結果は亮の予想とはかけ離れていた。 いつか裕幸のご両親に会うときのことを思うと、今から頭が痛い。所在無く立ち尽くしていた窓際から離れ、ベッドに腰を下ろしてため息をついた。 『あのさ、それで、亮さんとルームシェアしたい、って言ったら親はいいよ、って言ってくれて……でも、すごく迷ったんだけど』 「うん」 珍しく歯切れ悪く切り出した裕幸に、相槌を打って先を促す。 裕幸はそれでもしばらく逡巡していたが、やがて意を決したように吐き出した。 『ルームシェアするって話、やっぱりしばらく保留にして欲しい。父さんが話してくれたこと、オレまだあんまり実感なくて。きちんと理解して、それから……もうちょっとあのひとたちといっしょに居たら、何か変わるかも知れない気がするから。勝手なこと言って、ごめん』
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