第12章

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「そんなことないよ。君が心からそう思えるのなら、是非そうして欲しい」 もともとは家族と暮らすことに息苦しさを抱えていた裕幸のために持ち出した話だ。 出すぎた真似をした自覚は大いにあるので、裕幸がこうしてまた家族と向き合おうと思えるようになったらのなら、それ以上望むべくもない。 裕幸の前向きな言葉に救われた心地で、一も二もなく賛成する。 『オレがこんな風に考えられるようになったのは、亮さんのおかげだよ。本当にありがとう』 その上で礼まで言われて、胸が張り裂けそうに痛んだ。 父親が、裕幸の生い立ちを知っていた、と理解した今なら、確かにこれまでとは違う気持ちで生活できるだろう。彼の言うように、屈託なく過ごせるのなら、それでいい。 だけどきっとそれだけではなくて、やさしい裕幸には、実子ではないと明かされたこのタイミングで、家を出ることは出来ない。長年ひた隠しにしてきた事実を打ち明けても何も変わらないと、ご両親が納得できるまで、離れられない。 いつだって息をするように、自分より家族を優先する裕幸があまりに健気で、切ない。 「裕幸くんに会いたいな」 お互い実家暮らしだと、こういうときに困る。 手を取って、抱きしめてあげたいときに、気軽に会いに行けないから。 そう感じたのは裕幸も同時だったらしい。しばし続いた沈黙が彼の葛藤を伝えてくる。 だけど、きっと今もまだ迷う気持ちはあるだろうに、話しかけてくるときは、わざとおどけた声を出した。 『オレも亮さんに会いたい。でも、こういうときうちに来てもらうのも気まずいよね、オレ何かしちゃいそうだし』 裕幸は、亮がこうして彼の生き方をやるせなく思うことを、喜びはしない。裕幸の声音に合わせて出来るだけ明るく応える。 「何してもいいんだよ。僕たち付き合ってるんだから」 どうにかして彼を元気付けてあげたくて、やさしい言葉を選んで伝えると、裕幸は電話の向こうで息を詰まらせた。 よく考えてみたら、とても恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。 だけどその後、裕幸は照れくさそうに笑ってくれたので、伝えてよかったことにする。 『ねぇ、亮さん、せめてスマホにしない?』
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