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「書籍を整頓したり、修繕したり…口で言うのは簡単なんだけどね。あれは全ての図書館の職員を忙殺するために設けられているんだよ」
真顔で言われると冗談なのか判断に迷う。
返答に困り、甘ったるいオレンジジュースを飲み込んだタイミングで、急に亮は身を乗り出した。
「な、なに?亮さん」
「さっき裕幸くん、バイトなんか、って言った。なんか、なんて言ったら店長さんに失礼だよ」
何かと思えば、出会いがしらに裕幸が言ったことが、今になってようやく脳に到達したらしい。いつものことだけどつくづくマイペースなひとだ。
三月に入ってから店長に渡された給料袋には、予定よりかなり多めの額が入っていた。明細書に書かれた悪筆が読めず、しばらく格闘した挙句、そこに書かれていたのが”合格祝い”だと気づいたときには、思わず笑ってしまった。
亮にその話をしたら、なぜかいたく気に入ったらしく、それ以来不必要に店長を持ち上げるので面白くない。
二人の関係は年の離れた友人から恋人同士に、確実にステップアップしたはずだった。けれど高校を卒業したら制服を脱ぐように、関係性を明確に変えることは出来ない。
多少控えめにはなったかも知れないが、例によって亮の小言は相変わらずで、裕幸の方も当然スルーだ。
「待たせてごめんね。亮さん、あんまりこういう店来ないだろ?居心地悪かった?」
ファーストフードの店内で姿勢正しく本を読む亮のすがたは、遠目に見ても異様なくらい浮きまくっていた。申し訳ない気持ちになって謝ったが、亮は不思議そうに首をかしげる。
「何で?」
「だって……亮さんらしくないっていうか」
「まぁ、確かにあんまりハンバーガーは食べないけど。食べられないことはないよ」
「ハンバーガーがっていうか、なんていうか……ほら、亮さんってさ、何か料亭とかに居そうだし」
「……君の中の僕ってどんなイメージなの?僕ただの公務員だよ」
怪訝そうに眉を顰める亮は、自分の周りだけ妙にひとが座っていないことに気づいていないらしい。
決して柄が悪いというわけでなくむしろその正反対なのだが、現実離れした端正な顔がこうも無表情だと、はっきりいって近寄りがたい。
あえて横に座る物好きな客はおらず、結果昼時の込み合った店内なのに、亮の周りだけきれいに席が空いていた。
その中のひとつにちゃっかり腰を下ろした裕幸は、大げさにのけぞる。
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