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亮が住む予定のアパートは、華北図書館からほど近く、結果として裕幸のバイト先や実家からも自転車でいける距離にあるらしい。
一応、裕幸の交通の便も考えて選んでくれたのだとしたら、嬉しい。大学からはそこそこ遠いけど、まぁ、それはどうせ実家からも離れているので仕方ない。
「うん。途中にコンビニあるけど、何か買っていく?まだ引っ越してないから本当に何にもないよ」
「うーん、いい」
車の通りの激しい往来はかなり騒々しく、普段より大きい声を出さないと聞こえない。
歩道脇に植えられた楠の葉を揺らすつむじ風は冷たいし、通りにはまだダウンを来て歩いているひとすら見かける。本当は温かい飲み物でも買って行った方がいいのかも知れない。
だけど、
「早くふたりきりになりたいし」
聞かせるつもりのなかった呟きはふいに訪れた喧噪の狭間で、予想外にはっきりと響いた。
真横で歩く亮にだって、当然聞こえただろう。咎めるような視線を送ってきたので、開き直って口を尖らせた。
「だって亮さん、前までは外でも平気で手繋いだり抱きついたりさせてくれてたのに。今の距離間、普通に友人としても遠すぎなくらいじゃないですか?」
「あの頃は、裕幸くんまだ幼かったし、多少スキンシップ激しくても違和感なかったから」
違和感がないと思っていたのは亮だけだ。まわりのひとにしっかり付き合っていると誤解されていた事実は、亮の中でなかったことになっているらしい。
まるで育ってしまったことに裕幸の責任があるような口ぶりで、ついふてくされた声が出た。
「亮さんは、ちっちゃい頃のオレのが良かった?良裕に会ったとき、すごい嬉しそうだったもんね」
先日、裕幸の強い勧めに従って、大安祝日に亮は本当に裕幸の家に挨拶に来てくれた。
良裕が居ないタイミングを狙ったのだが、たまたま玄関で鉢合わせをしてしまい、そこで初めてふたりは顔を合わせた。
お互いに父親似の裕幸と良裕は、姿形に共通点は少ない。しかし育ってきた環境がそうさせるのか、どことなく雰囲気が似ている。
亮は良裕を見るなり、珍しく傍から見ても分かるくらい相好を崩した。それを目の当たりにしてからというもの、裕幸は自分の弟というこの世でいちばん不毛な相手に嫉妬している。
「そんなことないよ。前にも言ったと思うんだけど、あれは出会ったばかりのころの裕幸くんを思い出したから、つい微笑ましく思っただけで」
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