第13章

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途切れがちの会話をおとなたちは苦心して続ける。真面目な顔で亮の横に座った裕幸は、笑いをこらえるのに必死だった。 それでも、飲み物をテーブルに並べた後父の横に並んだ母のフォローの甲斐あって、父が本題に入ったときには、場はそれなりに和んでいた。 ーーーきみは、裕幸が本当の父親に会ったことを、裕幸から聞いていたんだってね ーーーはい 両親には、亮をここに連れてくる前に、だいたいのことを洗いざらい伝えてあった。 本来同性には興味がなかった亮を、こちら側に引きずり込んだのは裕幸の方だ。責められるべきは裕幸にあって、万に一つも亮を悪く言われるのはがまん出来ない。 そう思ってなるべく嘘偽りなくありのままを伝えてあったのに、今さら何を言い出すのか。身構えた裕幸を他所に、父は真っ直ぐに亮を見据えて口を開いた。 ーーー…父親のことで、裕幸は、深く苦しんでいただろうか 父の意図を瞬時に理解して、裕幸は舌打ちしたい気分になった。 両親に、久我のことを知っていたと伝えたとき、父はそのことについて特に触れなかった。どうして何も訊かなかったのか、今なら分かる。 当然だ。面と向かってこう訊かれれば、裕幸なら笑顔で嘘をつける。 ーーーっ……、それ、は だけど亮は、的確に弱いところを突かれ、顔色を変えた。 言葉に出さずとも、母を憎み、己の出自を恨んだ過去は、確かにあった。亮はそれを知って、ずっと見守ってきた。 言葉に詰まり、惑う亮と目が合う。 まなざしだけで言わないで、と訴えたが、亮はさっと目を逸らした。 裕幸の視線を遮断するように眼を閉じて、ゆっくりと唇を開く。 ーーーいや、分かった、言わなくていい だけど亮が言葉を発する前に、父は手を振って遮った。 行き場を失った亮の呼気が、室内に重く立ち込める。 父はテーブルに置かれた冷めかけた紅茶を手に取り、一口すすった。 カップをソーサーに戻した後、唇を笑みの形に曲げた父は、意外なことに少し嬉しそうに見えた。 ーーーずっと私たちは、裕幸が久我の存在に気づいているなんて知らなかったから。裕幸がどれほど悩んでいたのか、想像だにしなかった。今まで息子を支えてきてくれて、本当にありがとう 眼鏡の向こうで穏やかに撓む瞳は、ただただやさしい。 男同士で付き合うことに至ったことについては、横槍を入れるつもりはないらしい。ひとまず安堵して、裕幸は肩の力を抜いた。
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