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ーーー同棲の話を君がしてくれなかったら、私たちはずっとお互いに言い出せなかったと思う。君が、壊してくれて、本当によかった
腹の底から吐き出した父の満ち足りた言葉を、亮はきっと笑顔で受け止めてくれるだろうと思った。
しかし、横を向いて笑いかけた先に、思いがけなく傷ついた瞳を見つけ、はっとして息を止める。
ーーー止めてください。僕は、本当に、あなたたちに感謝してもらえるようなことは何もしていないんです。それどころか、僕は…
亮は、裕幸が見たこともないほど、とても苦しそうな顔をしていた。
長い睫を伏せて言葉を詰まらせるさまはひどく痛々しく、何がそれほど亮を追い詰めたのか、分からない裕幸はただ唖然とする。
膝の上に乗せた拳は、硬く握りすぎて色を失っていた。
ーーー裕幸くんが病室であのひとに会った後、裕幸くんはまだほんの小さなこどもだったのに。僕はあのとき、全部彼の意思に任せてしまいました。自分とよく似ているひとだなんて、ただの気のせいかもしれないとか。絶対に両親には言わない、って言ったって、いつか耐え切れなければ自分から打ち明けるだろうと、気楽に考えてしまった
確かに、あの頃亮は裕幸のしたいようにさせてくれた。ただ話を聞くだけで、こうしたらいいとか、そうするべきだ、と言った亮本人の意見は一つも押し付けてこなかった。
裕幸にとっては、それがとても心地よかったのだけれど。
ーーーまさかそのまま八年間も隠し通すなんて思いもせずに
亮のとっては、それは後悔でしかなかったのか。
今までずっと気づかなかった、亮の葛藤。
ーーー悩み、苦しむ彼を見て、何度ももういいんじゃないか。ご両親にきいてみたら?と言いかけたのですが、これまで我慢しつづけた彼の努力が無駄になると思って、言えなくて。そのままずるずると、ここまで…
それは違う、と言いたい。
あの頃の自分は今以上におとなになれなくて、他人に言われたことなんて、何を言われたってきっと従えなかった。
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