第13章

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ようやく顔をあげた亮と、裕幸を交互に見て、母は晴れやかに笑った。 父に対して以上に、母には複雑な想いがあって、本当はまだちっとも割り切れていない。 だけどこのときは素直に、母も背負っていたものをほんの少しでも下ろせたのならいいと思えた。 追憶に浸っていた裕幸は、強い風に髪をなぶられ、我に返った。 いつの間にか、いつの日か亮に会った橋のたもとまで来ていた。 「あ、ここ」 「うん、懐かしいね」 あの時はまだ、進路がどうなるのかもまだあやふやで、この想いが報われる日は一生来ないものだと思い込んでいた。その後一年も経たずに、こんな風に心穏やかにふたりでこの橋を渡れる日が来るなんて、夢にも思わなかった。 自転車を間に挟んで、歩道をふたり並んで歩く。付き合っていなかったあの頃より、今のほうが距離があるのが少しおかしい。 橋の中ほどまで来ると、亮が川向こうを指差してこちらを振り返った。 「…裕幸くん、見て」 川辺には純白の木蓮が咲きほこり、春風に煽られてははらはらと大きな花びらを落としている。 空高くうっすらと広がるのは、冬の名残を色濃く残した灰白色の雲。 川面にはこぼれおちた花びらが花筏のように揺らめき、幻想的な風景を描いていた。 「きれいですね。あっちの花をつけていない並木は桜かな」 「どうかな。四月になったら分かるよ」 しばらく無言で眺めていたが、橋の下を通り抜ける寒風に根を上げたのは亮の方が早かった。 「裕幸くん、行こう。ちょっと寒い」 「そう?ちょっと待って」 薄手のコートから伸びた細い首筋は確かに寒そうだ。歩き出そうとする亮を呼び止め、首に巻いていた自分のマフラーを外す。 手に持ったそれを亮の首に巻きつけている間、亮は息を詰めて固まっていた。自転車を停めずにからだで支えながらやったので少々不恰好になったが、ひとまず暖かそうにはなった。 「暖かくなった?」 「…うん」 「良かった。似合うよそれ。あげる」 笑いかけてから歩き始めると、少し遅れて亮はついてきた。 そのまま大通りを進むのかと思ったら、橋を渡りきったところでわき道に誘導される。土手の向こうに時折木蓮の花が垣間見えるのを名残惜しく覗いていると、亮に上着のすそをひっぱられた。 「なに?」
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