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ずいぶんと可愛いことをする。声には出さずに内心にやけたが、恋人が口にしたのは仕草とは裏腹に全く可愛くないセリフだった。
「あの、今後出来るだけ華北図書館に来ないで欲しいんだけど」
それはつまり事実上の絶縁宣告じゃないだろうか。
これまでの穏やかな雰囲気をぶった切る冷酷な言葉に、一瞬気が遠くなった裕幸を誰が責められるだろうか。
人通りのない裏道に来たことも手伝って、応じる声はつい高くなった。
「ねぇ、オレやっぱり遠まわしにふられてません?メールもしない、電話もいやだ。その上ただでさえ亮さん土日ほとんど仕事なのに、図書館に行かなきゃいつ会えるの?!」
「だって、恥ずかしいんだよ!」
負けじと亮もいつもより気持ち大きい声で言い返す。
その内容を理解すると同時に、じわじわとくすぐったいものが胸に広がっていった。
立ち止まった亮は無言で足元を見つめている。一種頑ななまでに視線を上げようとしない。
自転車のハンドルに腕を組んで凭れかかり、下から覗き込むと、亮はびくりと肩を震わせた。
「昔、亮さん手が冷たいね、って指先両手で包んで息をはぁはぁ吹きかけてあげたら、裕幸くんやさしいね、って笑ってやり返してくれたよね。寒いーって騒いでたら、困った顔しながら手ぇつないで亮さんのコートのポケットに入れてくれたこともあったっけ」
そう遠くない思い出を指折り数えると、亮は丸めた背をますます縮こまらせた。
あんまり恥ずかしがられると、こちらまで居たたまれなくなってくる。
「すっごく天然にいちゃつかせてくれてたのに。今さらマフラー一つで照れられても」
「あの頃からそんな風に思ってたの…?」
にやにやしている裕幸を、亮は呆然と見返す。
そのまなざしを捕らえて上目遣いで見上げ、殊更にっこり微笑んで見せると、亮は怯んだようにあごを引いた。
「下心なくあんな風に懐く男子中学生が居たらそっちの方が薄気味悪いと思わない?」
「薄気味悪くなんてなかった。とっても可愛かった」
「…あ、そう」
真顔で即答されると真面目に会話を続けるのがバカらしくなってくる。
どうでもいいけどさっきから裕幸が雑に巻いたマフラーが崩れて、亮の顔半分が埋もれてしまっている。いつもはきれいだとばかり思っていた亮が、今日は妙に可愛く見えて仕方ない。
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