第13章

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言葉に詰まった亮は僅かに目をそらした。その顔を見るだけで、彼がどう感じたのか敏感に悟る。 口の端を曲げて笑う裕幸の顔は、卑屈な笑みになっていないだろうか。 「嬉しいんでしょ」 「……………ごめん」 「ううん、分かっています。今はまだ俺と同じ気持ちじゃなくていい」 冷静なおとなからしたら、これが普通の反応だ。 ゲイなんてセクシャルマイノリティで、生きていく上ではデメリットばかりだ。もしごく当たり前に女性を好きになれて、幸せな家庭を築けるのなら、それに越したことはない。 そう思うのが正しい。 だけど、何が正しいかなんて全部どうでも良くなるくらい、自分を求めて欲しい。そう思うのは傲慢すぎるだろうか。 だって裕幸は気がついたら亮のことが好きで好きで仕方なくて、亮しか欲しくなかった。 とっくに普通に生きることなど出来なくなっている。 「いつか絶対、本気で好きにさせてみせるから」 横に立つ恋人の目を見て、真っ直ぐに決意を伝える。 亮は困ったように目じりを下げて呟いた。 「今だって、僕は君が好きだよ」 「分かってます」 白い歯を見せて笑う裕幸を眩しそうに見上げ、亮は目を眇めた。 それからしばらくふたりは無言で歩いた。 この道は大通りから少し外れただけなのに、ずいぶんと往来が減って歩きやすい。川堤には背の低い草が茂り、ところどころ気の早い菜の花が黄色い花弁を覗かせている。 きっと春になれば、もっと美しく緑が茂るだろう。 今はまだ少し寒いけど、風の通る気持ちのいい道だと感じた。 これから、この道を通って亮のアパートへ通うのだ。不意に実感し、堪えようもなく胸が熱くなった。 合鍵を持って早朝ひとりで向かうときもあるだろうし、仕事帰りの亮とふたりで歩くときだってあるかもしれない。 きっとこれから、何度もなんども、この道を歩く。 そう思いながら歩を進めれば、より一層この景観が好きになった。 「四月になったら、確かめに行こう」 「何をですか?」 「あの木が本当に桜かどうか。桜だったらきっとすごくきれいだよ。お花見しよう」 当然のように交わされる、近い未来の約束。 屈託なく笑う亮の笑顔を見ていると、自然と心が浮き立ってくる。 「あ、ほら、このアパートだよ」 ほどなくして亮が指差した建物は、想像していたより少しだけ新しい、ごくごく普通の三階建てのアパートだった。
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