第6章

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受験の天王山ともいわれる、夏休み。 世の受験生たちはもがき、苦しんでいる最中だが、裕幸にとってはこの世の春のようだった。 一般的な受験生に対して、つい最近進路を変更した裕幸のスタートは遅い。 受験勉強を始めたばかりということもあって、やる気は十分あるし、やればやるだけ結果が出る時期だ。知識の穴を埋めていく作業は純粋に楽しかった。 そして何よりも亮が毎週自室に来てくれるのだからたまらない。 週に何度も亮の勤め先である華北図書館へは通っているが、仕事中の亮に無闇に話しかけることは出来ない。以前亮がアルバイトとして働いていたときは、もう少し話せたように思うのだが、正社員として採用されてからは、顔さえ見れないことも多かった。 それが今は毎週二人きりになれて、多少は雑談だって出来る。 日が沈んでも蒸し暑い、盆を直前に控えた金曜日の夕方。 もうすぐ亮に会えると思うと、自然と顔がほころんでしまう。 「おーい、裕幸」 窓もドアも全開にして掃除機をかけていたら、一階から父に呼ばれた。 「何?」 鼻歌を歌いながら階段を下りると、大きなバックパックを手にした父親が立っていた。仕事を早めに切り上げて帰ってきてから急いで準備したのだろう、廊下には大小さまざまなアウトドア用品も並んでいる。 「これ、全部積み込むの?手伝うよ」 「あ、あぁ」 玄関を開くと真正面に、父の車がハッチを開けて停車していた。ファミリータイプのワンボックスはかなり広く、テントが入った袋やミネラルウォーターのペットボトルなどをガンガン載せても十分空きがある。 今日から両親と弟の三人で、毎夏恒例のキャンプへ行く予定だ。裕幸にとっては密かに遠慮したい行事だったので、今年は受験生であることを口実に免除できて、ほっとしていた。 だが、父は裕幸を置いていくことを心苦しく思っているらしい。機嫌のいい裕幸を複雑そうな顔で眺めている。 「何?父さん、まだ気にしてるの?オレのことはほんと気にしないでいいって」 「いや、でも…二泊三日くらい、息抜きしたってっていいと思うが」 「オレ受験勉強始めたばっかなのに、親が勉強さぼること進めるの?まだ安心できるような成績じゃないよ」 苦笑しながら答えるも、父はまだ納得できないらしい。寝袋を三つ抱え込んだまま、渋い顔で考えこんでいる。
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