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出会った当初は、確か十歳くらいだったか。実年齢以上に幼く見える裕幸が懐いてくれるのが、単純に可愛かった。懐にもぐりこんできたり抱きついてきたり、といった些細な触れ合いは兄弟の居ない亮には全て目新しくて楽しくて。裕幸が成長するにつれ、自然と減っていくのだろうと漠然と考えていたのだが、特に変化することもなく今日へと至っている。むしろ、以前よりも増えたような気がするくらいだ。
今ではことさら意識することもなくなってしまったが…傍からみたら、どんな風に映るんだろう。
少しばかり気にして目の前の女性に意識を向けたが、特に違和感を感じた様子はない。無邪気に笑いかける裕幸とごくごく自然に挨拶を交わしている。
亮の考えすぎなのだろうか。
「で、この風船を取ったらいいの?」
母親といくつか言葉を交わした後に、背を屈めて裕幸はこどもに確認した。少年は突如現れた高校生にやや萎縮した様子で、無言で首を縦にふっている。
裕幸はつかの間思案していたが、亮が口を開くより先に、靴を脱ぎ始めた。
「裕幸くん?」
瞬く間に裸足になり、亮の制止も聞かずに街路樹へ登っていってしまう。
まさか木に登るとは思いもつかなかった。
学生らしい判断に驚いて言葉もない亮の目の前で、するすると裕幸が風船へと近づいていく。幸いこのプラタナスは亮が生まれたときにはすでに植わっていたほど歴史あるもので、平均的な男子高校生の体重くらいものともしない。裕幸は危なげなく風船を回収すると、器用に地面に降り立った。
「うわぁっ!ありがとう、お兄ちゃん!」
満面の笑みで駆け寄ってくるこどもに赤い風船を手渡し、裕幸はにっこり笑って見せる。その直後に母親からも礼を言われて、今度は少しばかりたじろいだ風の裕幸に代わって一歩前に出た。
「どうぞ気にしないで下さい。お気をつけて」
繰り返し礼を告げる親子と二、三言葉を交わし別れる。少年はすっかり裕幸に懐いてしまったようで、別れ際には制服のズボンにしがみついて中々離れようとしないくらいだった。
「またねー!」
少年が何度もふり返る度に、裕幸は律儀に手をふり返していた。ふたり連れの後姿が徐々に小さくなり、やがて角を曲がって見えなくなってから裕幸は亮に向き直る。
「亮さん、久しぶり」
「裕幸くん、一昨日も来てなかったっけ?」
「一昨日はほとんど話せなかったじゃん」
ふたり並んで図書館入り口へと向かう。
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