第6章

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はっとしたように目を瞬かせる父に笑いかけ、荷物を抱えたまま車へと向かう。 入れ違いになった良裕は、弾むような足取りでトイレへ駆け込んでいった。 昔は裕幸も、こんな風に家族のイベントを楽しみにしていた時代があった。 「父さんと母さんが休み合わせられるのも、滅多にあることじゃないんだから、行っておいでよ。オレと違って良裕はまだ中学生なんだし、オレに合わせて夏休みにどこも行かないんじゃ、可哀想だ」 寝袋を積み込み、ついでに良裕が適当に置いて倒れてしまったリュックサックの位置を直してやる。 「オレも小さい頃、父さんと母さんとキャンプ行くの楽しかったよ。だから良裕にも良い思い出、作ってやってよ」 裕幸が幼い頃から、共働きで忙しい両親は、何とか時間を作ってはキャンプへ連れて行ってくれた。 長い間、アウトドアは両親の趣味なのだと思っていたが、今にして思うと、多分そうではない。 両親はふたりとも休みが不規則で、前もってきちんと旅行の予定を立てることはまず出来なかった。必然的にホテルや切符を予約するのはまず難しく、ごく稀に父と母の休みがかみ合った日、息せき切ってキャンプ場へ向かったのは、短い休みを少しでも充実したものにしようとしてくれていたのだろう。 つくづく良い両親に恵まれたと思う。 あの頃はまだ自分がごくありきたりの、平凡なこどもであることを疑ってすらいなかった。 あるがままの自分を丸ごと受け止めてもらって、それが当たり前だと思っていた。 「裕幸は、ほんといいお兄ちゃんになったなぁ」 そう言って父親は微笑んでくれるが、斜めに差し込む光源のせいか、なぜかその表情は少しくすんで見えた。 ここ最近父は急に老けて、笑うと目じりにたくさん皺が寄るようになった。笑みの形にたわんだ瞳は、逆光の中反射する眼鏡に遮られてよく見ない。 「手がかからなさすぎて、知らないところで我慢させてるんじゃないかと心配になるんだが…」 「何それ」 軽い口調で言われたのを幸いに、こちらも合わせて笑顔を作る。 考えないように意識するほどに、胸中にひたひたと冷たいものが染み出してくる。 もうとっくに慣れ親しんでしまった、この冷たさにもしも名前があるのなら。 それはきっと孤独と言うのだろう。
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