第6章

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父も母も弟も、みんな自然体なのに、裕幸一人がその輪の中に入れない。 こんな風に、全部抱えてオレひとりがダメになっちゃうくらいなら、あのとき格好つけずに、泣いて罵ればよかった。 そうしたら理想とはほど遠いけれど、今よりマシな家族でいられた。 何度も繰り返し同じことを悔やんだけど、どうしたらよかったのか、今も答えは出ない。 「じゃあ、行ってくるけど、何かあったらすぐ連絡するんだぞ」 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、いってらっしゃい」 何とか笑顔を保ったまま家族を見送る。 心残りを感じているのだろう父は、何度も振り返り声をかけてくれて、その気遣いがかえって辛かった。 玄関が閉まった途端、表情がすとんと抜け落ちたのが自分でも分かった。 がらんとした家の玄関に座り込んで、手で顔を覆う。 もうすぐ亮がくるのだから、二階に上がって窓を閉めて、エアコンをつけておかなきゃいけない。ただでさえ亮にはこども扱いされているのに、この上弱い自分を見せたくない。 そう頭では考えているのに、からだはちっとも動かない。会話したのはごく短い時間だったのに、普通の家族を演じることにひどく疲れてしまった。 それからどれくらい時間が経ったのか。ぼんやりと玄関のドアを眺めていると、呼び鈴がなった。 あまり何も考えられずに、履いていたサンダルを引きずって扉を開くと、驚いた様子の亮が立っていた。 「あれ?どうして電気つけてないの?」 今日、亮は仕事帰りのはずだ。少しくたびれた様子の亮の背後には薄闇色の空が広がっていて、蒼い帳を下ろしている。 何でもないよ、と言いたかったが、実際には声は出なかった。だた俯いて薄暗い玄関に佇む裕幸に、亮は心配そうに手を伸ばしてくる。 「どうしたの?裕幸くん。何かあった?」 裕幸を伺う亮の方こそ、普段は涼しげな目元に濃い疲れが見える。毎年八月は忙しいと言っていたから、余計な心配はかけたくない。 そう思っているのに、細い指先が肩に触れる前に、強く引き寄せていた。そのまま縋りつくように抱きしめる。 熱気のこもった玄関に座り込んでいた裕幸は汗をかいていたし、さすがにもう裕幸の邪な想いにだって気づいているだろう。
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