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これまで自分の目に映っていた世界は、作り物だったのだと気づいた、あの夏の日。
***
あれは小学校最後の夏休みのことだった。
弟は朝からサッカーのクラブで居なくて、軽い捻挫をしていた裕幸は練習に参加出来ず、暇を持て余していた。
「裕幸、宿題は全部終わったの?」
いつもだったら朝食の片付けが終わると慌しく出勤する母が、珍しくのんびりと新聞に目を通している。どうやら有給を取ったらしく、身づくろいをすませた服装から、この後出かけるつもりなのだと察した裕幸は、少し気分が上向きになった。
「自由研究と読書感想文以外は終わった」
「じゃあ、華北図書館にでも行く?」
予想した通りの流れに、内心ガッツポーズをする。
母には長らく入院している友人が居るらしく、時折休みの日に病院へ見舞いへ行っていた。たまに思い出したかのように裕幸も声をかけられるときがあって、そういうときはたいてい病院の横にある華北図書館に置いていかれた。
裕幸はほとんど本を読まないが、図書館では映画を見たり、CDを聞くことだって出来る。それに、ちょうどその少し前から亮と顔見知りになっていて、亮に会えたら嬉しい、くらいの気持ちはもう、その頃すでにあった。
「…行く」
本当はかなり嬉しかったけど、表面上はつまらなさそうな顔を装う。その頃裕幸は思春期の最中で、特に母に対して全く素直になれなかった。
「じゃあ、十時半過ぎたら家出るから、それまでに準備しておいて。お母さん病院に寄ってから図書館行くから、裕幸は先に入っててくれる?」
「分かった」
退屈なだけの一日になるかと思っていたのに、思いがけず楽しげな予定が降って湧いてきた。
予定の時刻を待つ間、亮から紹介された本を読み返していれば、時計の針が回るのはあっという間だった。
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