第6章

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母の友人が入院しているのは、裕幸が暮らす街の中でも有数の総合病院だった。 病院の駐車場に車を停めて大通りまで歩く。 裕幸が物心ついたときにはもうすでに母は定期的に見舞いに通っていて、これまで何度もこうして図書館まで連れて来られていたから、裕幸も慣れたものだ。 今にして思うと、その友人がずいぶん長い間入院していることに、ほんの少しでも疑問を抱くべきだったかも知れない。 「じゃあまた」 「っ裕幸、」 いつものように図書館へ向かって歩き始めると、母に呼び止められた。 その声が妙に切羽詰って聞こえて、不審に思って振り返る。 「…何?」 「裕幸も、一緒に来る?」 あんなに焦ったような声を出したくせに、見上げた母はいつもと変わらない顔をしていた。肩から提げたトートバックを片手で抑え、少し眩しそうに目を細めてこちらを見ている。 「……何で?オレが行ってもしょうがないじゃん」 裕幸は拍子抜けして、母に背中を向けて歩き出した。 真夏の日差しは暴力的なまでに暑く、これ以上無駄な立ち話はしたくなかった。 いくら真横の施設とは言え、炎天下の中あんまり長いこと突っ立っていたら、図書館に入る前に汗だくになってしまいそうだ。 「…そうね。用が終わればすぐそっち行くから、先に行ってて」 背中を追いかけてくる母の声を無視して歩を進めた。 けれども、いくらも進まない内にすぐに後悔し始めた。 あまりにも暑い。喉が渇いたときのために、小銭くらい持ってきておけばよかった。 今ならまだ母に追いつけるかも知れない。急ぎ足で病院へ引き返すが、母の姿はもうすでになかった。 せめて病院のロビーを覗いてみて、それでも見つからなかったら諦めようと決め、重々しい入り口を通る。 初めて訪れた華北病院は想像よりずっと広く、横並びに並んだ受付の前にはたくさんのひとが順番を待っていた。 母の見舞い先は何度も聞かされていたから覚えているけれど、わざわざ追いかけるのは面倒くさい。 諦めて踵を返したところ、知らない女性に話しかけられた。 「あら、どうしたの?お見舞いかしら」 驚いて見やれば、声をかけてきた女性はボランティアと書かれたたすきを肩にかけている。 「五○七号室に用があるんですけど」
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