第6章

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やっぱりあの時、気を失ってしまえばよかったんだ。そうすれば、最初から苦しむことなく全てを終わりに出来た。 自分とよく似た死相が脳裏に焼き付いて離れない。 まとわり着いてくる消毒液のにおいから逃げるようにふらふらと歩き、たどり着いたのは華北図書館だった。 てっぺんに近い位置にある太陽が白くまぶしい。エントランスに近づくと、脇の駐輪場から声がかかった。 「裕幸くん」 穏やかな声にのろのろと振り返ると、亮が自転車を停めているところだった。あの頃亮は大学生で、華北図書館でアルバイトを始めた直後くらいだった。小学生の裕幸の眼から見ても、不慣れな様子が微笑ましかった。 常になく力なく振り返った裕幸の顔をみて、亮はぎょっとしたように目を見張る。 「裕幸くん?どうしたの」 「とお…る……」 返事をしようとしたが掠れた声しかでず、それまで息を詰めていたことを知った。 思うように動かない手足を何とか動かして、亮の元へ駆け寄る。 裕幸の剣幕に亮は驚いた様子だったが、腕を掴んですがりつくと、しっかり支えてくれた。夏でも日焼けしない白い腕は、見た目とは違って熱かった。 真っ白な頭の中に、炎が一つ、ともる。 「どうしよう、亮。オレ、お父さんの本当の子どもじゃないんだ」 「…え?」 亮の戸惑ったまなざしに、自分が突拍子もないことを言い出したのだと悟るが、一度開いた唇は裕幸自身にすらコントロール出来ない。 自分でも何を言おうとしているのか分からないまま、言葉は次々と口からこぼれた。 「母さんが友達の見舞いに行くから、オレは図書館で待ってろって言われたんだけど、喉渇いたし小銭もらおうと思って、病室行ったら、オレ、見たんだアイツ、入院してて、オレと同じ顔で。痩せ細ってたけど、ほんとにそっくりで」 落ち窪んだ眼窩。土気色の顔。自分とよく似た病み衰えた顔を思い出すとからだ全体が震えだした。 昼間でもカーテンが引かれた病室。耳に残る機会音。 母さんの話しかける声は、今まで聞いたことがないくらいか細かった。 「あんなにオレとそっくりなのに、あいつがただの友達なんて、嘘だ。オレ、今まで知らなくて。オレがお父さんの本当の子どもじゃなかったなんて知らなくて。母さんはどうして、どうして」 そこから先は言葉にはならなかった。息が乱れ、上手く呼吸が出来ない。
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