第6章

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だけど、そんな後悔が胸を覆う前に、亮はコーヒーテーブルを回りこんで、裕幸の真横に座りなおしてきた。 自分からくっつくことはよくあったけれど、こうして亮の方から距離を詰められたことなんて、ほんの幼い頃を除いてほとんどない。 肩が触れ合いそうな位置にまで急に近づいた体温に目を白黒させていると、亮はそっと裕幸を抱きしめてきた。 「僕にまで無理して笑わないでいいんだよ」 二人きりの家の中は静かで、からだのすぐ近い場所で落とされた囁きは胸に直接響いた。 低い、落ち着いた亮の声が耳に心地よい。 心臓が何拍か鼓動を刻んだ後、耐えていたはずの涙はあっけなく瞳からこぼれ始めた。 「……亮さん」 「うん」 「………亮さん、オレ、苦しい」 「うん」 「父さんのことも母さんのことも、ほんとに好きなんだけど、一緒に生活するの、もうしんどい。早くひとりで生きていけるようになりたい」 「……うん」 「オレがお父さんの子じゃないのは、オレのせいじゃない。オレだって普通にお父さんの子でいたかった」 「うん」 もうずっと、亮に対等に見られたいという思いが強くて、こんな風に涙を見せるのは、ずいぶん久しぶりだった。 亮の細い腕の中に囲い込まれ、ぽつぽつと独り言のように積もっていた鬱屈を吐き出す。 首筋に額を摺り寄せ、甘えるように懐いても、亮はされるがままだった。こちらからも腕を伸ばして亮の背に縋りついても亮は拒まない。 本当はずっと一方通行なのに、格好だけ見れば、まるで愛し合っているみたいだ。 頬を肩口に懐かせて呼吸を整えていると、少し気分が落ち着いてきた。 それに伴い、こんなときばかり迷うことなく寄り添おうとする亮に、少しだけ恨みがましい気持ちが募る。 「あのとき、亮さんはオレみたいなこどもの言うこと、バカにせずにちゃんと聞いてくれたよね。そうやって亮さんが全部受け止めてくれたから、あれからずっと母さんを責めないでいることが出来た。亮さんだけは全部知ってくれてるんだ、って思っていたから我慢できた。だから、あのとき亮さんにきいてもらったことは後悔していない」 亮はじっと裕幸を見つめている。そのまなざしの温かさとやさしさが悔しい。 「だけど時々つらくなる。オレがどうがんばったって、あのときからずっとオレは、亮さんにとって可哀想な子どものままだ」
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