第6章

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やるせなくつぶやくと、亮は意表をつかれたように目を見張った。 真正面から目を合わせて首をふる。 「裕幸くんのことをそんな風に思ったことは、一度もないよ。裕幸くんはあの後、裕幸くんのお母さんが迎えにいらっしゃったときのこと、覚えてる?」 「……うん」 「裕幸くん、笑ったんだ。たくさん泣いたから目なんて真っ赤で、まぶたも腫れてて。一目で何かあった、って分かる様子だったけど、何でもないよって一所懸命お母さんに笑ってみせてた」 あのときのことは自分でもよく覚えている。ものすごく苦しかったから。 喉元まで出かかった母を詰る言葉を何とか飲み込んで、声が震えないようにするので精一杯で、母親の反応はあまり覚えていない。 だけど、すぐそばに立って、背に添えてくれた亮の手の温かさは今でもありありと思い出せる。 その後も、何かにつけ亮は裕幸を気にかけてくれた。亮はこどもなんて得意じゃなくて、特に裕幸はあの頃素直になれなくて反発ばかりしたから、困らせてばかりだったけど。 不用意に近づきすぎることはなく、でも必要なときはちゃんと手の届くところにいてずっと支えてくれた。 だから亮を好きになったのは、裕幸にとっては必然だった。 けれどいまだに亮は、熱を孕んだ視線で見つめる裕幸に気づかず、思い出の中の幼い少年に心を囚われている。 「あの頃はまだ裕幸くん、ちっちゃくて、背なんて僕の肩までもないくらいだったんだけど。なんて強い子なんだろうって思った」 「強い子って」 やっぱり、こども扱いのままじゃないか。 認めてくれていたのは嬉しいけれど、結局やっぱり男としては全く意識してもらえていない。 囲われた腕の中から顔を上げ、非難を込めて見つめると、亮は少し慌てたように目を泳がせた。 「そりゃ、僕からしたら実際にすごく年下なんだし、しょうがないよ」 その上無自覚にがっつりと追い討ちをかけてくるのだから、なおさらひどいと思う。 抱き込んでいる腕を振り払おうとはしないのを、喜ぶべきか、嘆くべきか。 少しばかり仕返しがしたくて、目の前にある耳朶に唇を寄せる。 「後ちょっとでオレ、結婚も出来る年なんだけど?」 「っ!確かに裕幸くん、年齢よりはすごく大人びてるときあるから、同い年くらいの女の子からは、大人っぽくって格好いいって言われるんじゃない?」
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