第6章

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急き立てられるように開いた口から出た暴言は、ひょっとしたら慰めようとしているつもりなのだろうか。 複雑な心境のままため息をつくと、さすがに亮も居心地悪そうに肩をすくめた。 「誤解されそうだからあんまり言いたくなかったんだけど、オレ、女のひとだめなんだ」 「…え?そうなの?」 「でも、男なら誰でも良いってわけじゃないよ。今までひとりしか好きになったことないし、そのひと以外欲しくない」 至近距離からじっと亮の目を見て告げると、色素の薄い瞳が大きく揺れる。珍しく焦っているのだと気づいて、言いようのない高揚に駆られた。 そのとき、亮のかばんの中で、携帯が着信を告げた。 あまりの間の悪さに舌打ちしたい気分だが、亮の手前がまんする。すかさず裕幸の拘束から抜け出た亮は、かばんに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。 こちらを伺うように振り返るので、身振りで気にしていないことを伝える。 「はい。……うん…」 しかし亮は少し眉を寄せて二三、言葉を交わしてから、すぐに通話を切ってしまった。 「遠慮せず、話してくれてよかったのに」 「大学のときの友達。急ぎの用件じゃなかったからいいよ」 携帯電話を元通りかばんにしまいこんで、何食わぬ顔で裕幸から少し離れたところに腰掛ける。 顔を上げた亮には先ほどの動揺なんて欠片もなくて、千載一遇のチャンスを不意にしたのだと、今になって後悔が湧いてきた。 「女の人を好きになったことは一度もないの?」 しかも、微妙に触れられたくなかった話を、逸らしてはくれないらしい。 仕方ないか、と半ば投げやりな気持ちで、裕幸は天井を見上げた。 「あぁ、それは多分、母さんのせい」 「…内緒でお父さん以外のひとと、関係があったから?」 「それもあるけど、それよりも……。オレ、あの後ずっとびくびくしながら待ってたんだ」 何を、と目線だけで問いかける亮の透明な眼差しに、ふいに自虐的な気分になる。裕幸より七つも年上の亮の方が、裕幸よりずっと汚れていない気がするのは、裕幸が自分の出自を気にしすぎているせいなのだろうか。 「あの男が死ぬのを」 わざと露悪的に言えば案の定、亮はちょっと怯んだ顔をした。
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