第6章

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腹立たしいことに、裕幸がこんなにもそういう意味でアピールしているのに、いまだにいまいち理解しきれていないのだ。 それならばいっそ、罪深いまでに鈍感な年上の想い人に、もう少しだけつけこんでも許されるだろうか。 つい先ほどあんな際どい接触をしたのに、さりげなく距離をつめても亮は不思議そうに見上げてくるだけだ。無防備にもほどがある。 「もうちょっと慰めてもらってもいい?」 俯きがちな顔にかかる髪を出来るだけていねいに梳くと、自然と視線がこちらに向いた。手の平をそのまま滑らかな頬に伝わせ、指の背でなでる。 戸惑った亮の目が瞬く前に、そっとその頬に口付けた。 軽くリップ音をさせてから離れても、亮はぽかんとしていた。 これならもう少しいけるかもしれない、と踏み込みかけたところで亮ははっと我に返った。 「ひ、裕幸くん?」 「なぁに?亮さん」 切れ長の目を見開いて驚きを露にする、亮にしては破格の珍しい表情を目にじっくりと焼き付けながら、にっこりと微笑む。 ことさら甘い声で返事をすると、たちまち亮は焦り始めた。 「何で……」 「どうしてしたか、言ってもいい?」 じりじりとソファを後ずさる相手の、同じ分だけ前に出ると亮は追い詰められた目をした。 亮は口数が多くない分、澄んだ眼差しで訴えかけてくることが多い。困りきった亮の縋るような視線に、なんとも言えない気持ちになる。 だって、困らせているのは裕幸なのに、その裕幸に助けを求めるなんて。 「亮さんってつくづくずるいひとだよね……」 結局その瞳に負けて、囲い込んだ手を緩めてしまうあたりが、裕幸の情けないところなのだろうと自分でも気づいているけれど。 だってこんなの、惚れたほうが負けに決まってる。自分のせいで困っているのは可愛いけれど、やっぱり本当は笑っていて欲しいし。 我ながらお人よしだな、とは思うけれど、七つも年下の同性に迫られる亮の気持ちを思うと、まぁ待つことも必要かな、とも思う。 あんまり急いで逃げられても困るし。 「その言葉だけは裕幸くんに言われたくない」 「何か言った?」 「……何でもない」 珍しく少しだけ進展した気がして、久しぶりに心から笑みがこぼれた。 気づけばあれほど重く塞いでいた気持ちが、嘘のように軽くなっていた。
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