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「いいと思います。この、最後の書かれた本は知りませんが」
「あぁ、それは最近出版された本なの。うちの孫が喜んでたから、いいかと思って」
「すてきですね。ちょっと今読んでみてもいいですか?」
「大丈夫よ。いってらっしゃい」
大きくうなづいた笑顔に送り出され、軽く頭を下げてからカウンターを出た。
幸い、季節外れのクリスマスの本を借りるひとはあまりおらず、目的の本はすぐに見つかった。
タイトルは『クリスマスの朝』。表紙には大きなもみの木が描かれ、オーナメントの箇所には所々きらきらと輝く加工がしてあった。
ぱらぱらとページを捲ると、やさしい色彩で描かれた絵が目に飛び込んできた。
内容もいかにも女性が好みそうな温かく素朴な話で、とても良かった。子どものための本を選ぶ嗅覚は、やっぱり女性には適わないと思う。
そういえば、二、三年前、ちょうどこの書架の前で、クリスマスどう過ごすのか裕幸にきかれたことがあった。
あの頃はちょうど付き合っているひとがいて、正直に彼女と過ごすことを伝えたら、裕幸は確か、
…いいなぁ、
そう言って笑った。
その笑顔が、なんだか場違いにひどく切なそうに見えて、その後もしばらく忘れられなかった。
どうしてそんなに強く印象に残ったのか。
冷静に考えてみれば、答えはすぐそこにあったのに、考えてみることをせずに傷つけ続けた。
亮はてっきりそれは、恋人と過ごせることを羨ましく思ったのだろうと解釈していたが、おそらくあの、いいなぁ、という言葉は、亮と過ごす女性を羨んで口にしたのだろう。
どんな気持ちであの頃の裕幸は笑って見せていたのか、思い返すと胸の奥が熱くなる。
付きまとってくる感傷を振り払いたくて、ぎゅっと目をつぶった。
この職場がよくないのかもしれない。
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