第8章

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十一月に入ると、急に冷え込むようになった。 模試の帰り、疲れた頭を休めたくて、つい途中でバスを降りて華北図書館に寄ってしまった。もう時刻も遅いしこれから亮を探すつもりはないが、華北図書館に来るだけで安心する。裕幸にとってここは、家へ帰るよりくつろげる場所だった。 亮の熱心な指導のかいあって成績は順調に伸びているし、この分だと今回も判定は良さそうだ。心地よい疲労感に包まれながら、入り口近くのベンチに腰掛けて、温かいココアでも飲もうとプルタブを押し上げたときだった。 ちょうどエントランスから男性が入ってきた。男は首にぶら下げていたマフラーを束ねながら通路を通り抜けようとしていたが、裕幸と目が合った途端、目を見開いて足を止めた。 「げっ」 思わず、といった様子でこぼれた言葉は、ずいぶんと失礼なセリフだと思う。 男は二十台半ばくらいで、全く見覚えのない顔だった。取り立てて特徴はなく、強いて言えば、ある程度身だしなみを気にするタイプのように見える。 ひとのことは言えないが、若いこういう類の男性がひとりで図書館に来るのは珍しい。 こちらも胡乱な目で見返すと、男はしばし迷ったようだが、笑顔を作って話し掛けてきた。 「悪い。ちょっとびっくりして。お前、ひょっとして長谷川亮の…友達じゃないか?」 なんと、意外なことに男は亮の知り合いだった。 そうと分かったからには、とりあえず一応良い印象をもたれたい。 我ながら手の平を返すように人好きするであろう笑顔を控えめに浮かべ、立ち上がる。 「そうです。青木裕幸って言います。亮さんのお知り合いの方ですか?」 「あー、まぁ、な」 男は自分から話し掛けてきたくせに、妙に歯切れが悪い。まぁ、出会い頭の様子からして向こうも思いがけない成り行きなんだろうけど、正直気分は良くない。 亮の知り合いでなければ、話し掛けられてもスルーしたところだ。 「俺は戸田っていって、亮の同級生。大学のとき同じ学部だった」 「あぁ、道理で」 亮と同じ学部と言えば、文学部だ。こう見えて、戸田は文学青年なのかも知れない。借りた本を返しに来たのだろう、手に下げたかばんはそこそこ膨らんでいた。 かばんから目線を戸田に戻すと、戸田はじっと裕幸の顔を見つめていた。 「立ち話もなんだし、あっちに移動しようか」
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