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もうとうにお行儀良く振舞うことは諦めたが、それにしたってずいぶんと恨みがましい声が出てしまう。
「……ひょっとしてオレのこと、いじめるために話しかけてきたんですか?」
「ううん、逆」
宵闇に包まれ始めた町並みを眺めていた戸田は、不意に視線をこちらに向けてきた。
「五年越しの片想いだろ?純愛すぎて、俺は絆された。がんばれよ、青年」
突然、思いもかけない相手に励まされて、裕幸はただ呆然としてしまった。
まさか、他人にこの気持ちを肯定される日が来るとは思ってもいなかった。
「よくもまぁあの唐変木相手に、五年も口説き続けた。多分あいつ、このままお前が押せば、流されるんじゃないかな。男に言い寄られてきっぱり断りきれない時点で、もう勝負は決まってるって」
自分で言ってうんうん頷きながら、コーヒーをごくごく飲む。
手に持っていたカップを空にしてから、にやっと裕幸に向かって笑いかけてきた。
「お前の粘り勝ち。お疲れさん」
「あ、ありがとうございます」
驚きのあまり声が喉に詰まる。油断すると醜態を晒してしまいそうだ。
「まさか、認めてもらえるとは思いもしませんでした。てっきり、もう亮さんに近づくなって言われるのかと」
「それこそ、まさか!ひとの恋愛事情にそこまで口出ししないよ。亮だって、ほんとに嫌なら自分で何とかするだろうし」
まぁ、他人事だしね、とそこそこ白状なことを言いつつ、戸田はスマホを取り出しチェックし始める。
「でも、あいつのどこがそんなにいいわけ?そりゃあ見てくれはいいけど、何考えてるのかさっぱり分からないし、度の過ぎた天然っていうか…」
「同世代のひとから見てもそうなんですね」
「あの悪気無いマイペースに振り回されて、俺がどんだけ尻拭いさせられてきたか、想像出来る?あれで自分では常識人のつもりだから、始末に負えないっつーか」
分かりやすく眉を顰めて見せる戸田に相槌を打ちつつ、学生の頃の亮を想像してみる。
裕幸の知る亮はやさしくて大らかで、繊細な見た目を裏切って、ぼんやりとしていることが多くて…戸田の語る亮像と比べてみても、大きな相違はない。
だけど裕幸にとって亮はずっと、自分よりずっとおとなのひとだ。同級生と並ぶ亮を上手く思い描くことが出来なかった。
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