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ただでさえ、通常業務を終えた後でここに来ているし、慣れない買い物をして疲れていたのもあると思う。
それにしたってこのタイミングで寝てしまうのはまずかったと反省しつつ目をこする。
裕幸は慌てて後ずさったが、はっきりと顔が赤い。
さすがになかったことにするわけにはいかず、ため息をついて裕幸を見返した。
「裕幸くん、今僕に何かした?」
「まだ、してないです」
つまり、何かをしようとしていたということだ。
本人を目の前にして、こう口にするのは、度胸があるというべきか、思い切りがいいというか。
そういえば、つい先ほど雑貨屋で、こちらから手を出せば確実に犯罪だと気を引き締めたはずだが。手を出されてしまう分にはどうなるんだろう、となどと無責任な考えが脳裏を過ぎる。
……だめだ。こんな重い決断を、裕幸ひとりに押し付けるわけにはいかない。
「寝ちゃった僕が悪いんだけど、こういうのは、ちょっと」
「分かってます。すみません」
叱ると、きちんと素直に謝ってくる裕幸はやっぱり可愛い。
愁傷に下げた頭に腕を伸ばしかけて、慌てて手を引っ込めた。
寝ている隙にキスされそうになったのだ。ここは本来怒るべきところだ。いくらなんでも頭を撫でるのは間違っている。
なのに怒るどころかしょんぼりした顔を見て、可哀想になってしまったのだから、自分で自分がよく分からない。
「亮さんとイブの夜にいっしょに居られるなんて、夢みたいで。嬉しくて、ちょっとだけならいいかな、って」
幼かったころの面影が残る目元を下げて、寂しそうに言われると弱い。
思い切りほだされそうになったが、かろうじて耐えた。
「よくない。僕は勉強を教えに来たの。はい、次の問題どうぞ」
「………はい」
どうにか平淡な声を作って参考書のページを捲って差し出すと、裕幸はしぶしぶ鉛筆を握った。
そしてまるで先ほどのやりとりなどなかったかのような顔で、もくもくと問題を解き始める。
課題に集中する涼しい横顔を見て、亮の方こそ拍子抜けしてしまった。
一体何を期待したのか。
自分の変化が怖い。ただ確実に分かるのは、これ以上考えても、ろくな答えは出ないということだけだ。
亮は考えることを放棄して、無心になるよう努めた。幸い、ぼうっとするのは得意だ。
温かい室内で、裕幸の使う鉛筆の音だけが響く。
居心地のいい体温のそばで、冬の日は落ちていった。
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