第10章

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驚いて駆け寄ると、裕幸は眉を下げて頭を下げた。 「亮さん、ごめんなさい。仕事の邪魔するつもりはなかったんだけど、」 「バスに乗って帰ろうと思ったら、裕幸くんこの寒い中外に突っ立ってたのよ。雪も降ってるのに動かないから何してるのか訊いたら、長谷川くんが仕事終わるの待ってるっていうじゃない。見てられなくって連れて来たの」 見れば裕幸は頭や肩に雪を乗せ、灯りを落とした照明の下でもそうと分かるくらい寒そうだった。制服の上に羽織ったコートのフードがぐっしょりと濡れてしまっている。 こんななりの高校生が寒空の下、ひとを待っているのだと言えば、たいていのひとは不憫に思うだろう。まして松本はとりわけ裕幸と仲がいい。 しかしそれにしたってさすがに閉館後に部外者を招き入れるのはどうだろう。眉を顰めていると、松本は懐中電灯を裕幸に手渡しながら、余計なことを付け加えてきた。 「長谷川くん今日一日ぼんやりしてて頼りないし、見回り裕幸くんに付いてきてもらった方がいいんじゃない?落し物とかあっても、気づかなそうだし」 よりによって裕幸の前で、そんなことを言わないで欲しい。ただでさえ最近心もとない年上の威厳にひびが入ってしまう。 困ったように愛想笑いをする、裕幸の笑顔も妙に大人びて見えて面白くない。 「じゃあ、後はよろしくね」 気まずい空気に気づいていないのか、裕幸を連れてきた張本人は暢気に手をひらひらとさせて去ってしまった。角を曲がると後ろ姿は見えなくなり、こつこつと響く靴音もじきに聞こえなくなる。 後に残された亮は思わず深いため息をついてしまった。それをすかさず裕幸が聞きつけて眉を下げる。 「亮さん、オレやっぱり外で…」 「いや、いいよ。すぐに終わるから、ベンチに座って待っててくれる?」 気が急くのは亮にもよく分かる。 カウンターに常備してあるタオルを取り出して裕幸の頭を拭こうとすると、裕幸は受け取って自分で拭き始めた。 かすかに触れた指先は氷のように冷たかった。 「見回り行ってくるね」 そう言って手を差し出すが、裕幸はぼんやりとこちらを見据えたまま動かない。懐中電灯を寄越すよう促したつもりの手は、宙に浮いたままになった。 「裕幸くん?」 そういえば、今日裕幸は最初からどことなく覇気がなかった。
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