第10章

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まさか不合格だったのだろうか。落ちることはまずないだろうと高をくくっていたから、上手い慰めの言葉を考えていなかった。 内心青褪めていると、亮の気持ちを読んだかのようなタイミングで、裕幸は口を開いた。 「大学、受かってたよ」 早く社会人になりたい、と訴えていた裕幸に進学を勧めたのは亮だ。それなりに責任を感じていた。とりあえず春から裕幸の行き先が決まったことに、少しだけ安堵する。 すごいじゃないか。 何ヶ月もすごく集中してがんばってた成果だね。 春から新しい生活、楽しみだね。 ねぎらいの言葉はいくつも浮かんだが、そのどれもが的外れな気がして、口の出すのは躊躇われた。 あんなに真剣に受験勉強に取り組んでいたはずの裕幸は、その願いが成就したというのに、なぜか少しも嬉しそうに見えない。 「おめでとう」 少し迷って、けれど結局ありふれた言葉しか出てこない、己の口下手が情けない。 「ありがとう。亮さんのおかげだよ」 裕幸も一応、礼を口にはしたけど、その声には張りがない。 手にした懐中電灯を手持ち無沙汰にゆらゆらと揺らして、カウンターの上に戻す。ことり、とごく小さな音が人気のない図書館に響いた。 「オレ、四月から大学生になるんだ。やっと、やっと大学生に…、」 ぼんやりとカウンターの向こうに視線を向けたまま、裕幸は弱々しく呟く。か細い独白は、かろうじて亮の耳を通り、背の高い書架の隙間に吸い込まれていく。 「後二年待てば成人するけど、社会人になるにはまだ四年もかかる。……ねぇ、後どれだけ待てば、オレはもう一度亮さんに好きって言っていいのかな」 突然、放り投げるように渡された告白に、亮は声を失った。 いつかはこのときが来るのを覚悟していた。けれど実際に直面すると、全く心の準備が出来ていなかったことを思い知らされる。 でも、もう誤魔化すことは出来ない。 カウンターを挟んで、書架の前で、ロビーのベンチで。何度もなんども、この図書館で裕幸と会った。少し話すこともあれば、すれ違いざまに手を振るだけの日もあった。 きっと、顔を見ることすら叶わぬ日だって数多くあったはずだ。 「だって、今のオレ達、理由がないと週に一回会うことも出来ないんだ。オレの知ってる亮さんはごく一部で、オレの知らない亮さんの生活があって、出会いもあって。いつかその誰かが亮さんの中の一番になって、そのひとを一生大切にするの?」
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