第10章

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しかし亮は迫りくるロマンス小説のごとき展開に断固として抗った。 「今この図書館にいるのは、僕たちだけじゃない」 「え、」 恐ろしい現実を告げれば、さすがに裕幸も凍りついた。 二人とも動きを止めれば辺りは静まり返り、思わず亮も勘違いしたくなるが、これは紛れもない事実だ。 再び歩き出せば裕幸も何とか付き従ってくる。 「だ、だって絵美さん、後残ってるのは亮さんだけだから、話があるならしてけばいいって、」 四十台の女性職員を下の名で呼んでいることをさらりと明かしつつ、裕幸はおろおろと釈明する。 二年来の付き合いである松本は、一体なんのつもりでそんな不用意な嘘をついたのか。心当たりがないわけでもないので、なおさら恐ろしい。 内心狼狽えながらも、亮は重い口を開いた。 「実はまだ副館長が書庫にいる。うちの図書館の鍵の管理は館長と副館長が交互にしてるんだ。それから警備員さんもいて、定期的に巡回してくださっているよ」 「警備室の前、いつ通ってもカーテン下りているから誰もいないんだと思ってた…。今までの会話、聞かれたりしてないかな。亮さん、職場でホモって言われたらきついよね。ほんとごめん!」 しょんぼりとうなだれる裕幸を見ていると、性懲りもなく大丈夫だよ、と安請け合いしてしまいそうになるが、ここはぐっと堪えた。 「多分副館長には聞かれていないと思う……、ただ、言いにくいけど若干手遅れの可能性がある」 「えぇ!?どういうこと!?」 裕幸は心から驚いたようだが、しっかりと声をひそめているあたり抜かりない。やや早足になりつつようやくレファレンスルームの見回りを終える。 「裕幸くんが僕に…ひょっとしたら恋愛感情があるんじゃないかって気づいたころ、僕君に対して少し余所余所しかったみたいで」 「あぁ、あの頃」 それまでは当たり前だった、話すときの距離の近さや何気ないスキンシップの意図に気づいてしまってからは、どう反応すれば良いのか分からなくなった。不器用にも亮はただ身を硬くしてやり過ごすことしか出来なかった。 聡い裕幸はそんな亮の困惑にすぐさま気づき、それとなく距離を測りなおしてくれた。今でもそれは申し訳なく思っている。 「そう。あの頃に、深刻な別れ話になる前に、きちんと話合った方がいいって松本さんに言われて」 「それは……想定外だったね」
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