第10章

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腕を強く引かれ、たたらを踏む。よろめいたからだを強引に壁に押し付けられ、亮は息をのんだ。 「!」 焦点が合わないほど間近に整った顔が迫り、思わず目を閉じる。 唇が合わさると、すぐさま舌が入り込んできた。 突然の出来事に混乱している亮をよそに、裕幸の舌は我が物顔で亮の口腔を蹂躙する。やわらかい舌が歯列を辿り、ひるんだ隙により一層深く侵略してきた。 腕を痛いほど強く掴まれ、肩を壁に押し付けられると身動きが取れない。 舌を舌とを摺り合わせ上顎を舐め上げられると、平静ではいられなくなる。 「んんっ!」 さすがに少し怖くなってきて、首を振って開放を求めると、裕幸はすぐさま手を緩めてくれた。だが、離れることはなく、怖々と肩を囲うように腕を回してくる。 「ごめん。我慢出来なくて……」 甘えるように耳元に頬を懐かせて言われると、つい何でも許してしまいそうになるが、いくらなんでも受け流すには衝撃が大きかった。 「うん…大丈夫」 思ったより淡々とした声が出たものの、内心はかなり動揺していた。顔を見られなかったのは幸いだったかもしれない。 腕を掴んだ手の大きさや、肩を押し付けた力の強さに、彼がもう子どもではないのだと思い知らされた。裕幸の求める関係が突如明確になり、実感を伴って伝えてくる。 正直に言うと、嬉しい気持ちよりは恐怖が先立ったし、まだ心の準備は全然出来ていない。でも、少なくとも、 「僕も嫌じゃ、なかったし」 「……っ、またそう言うっ…!」 裕幸は感極まった様子で、きつく抱きしめてきた。 自分の言動が十割本音でなくとも、全く嘘はついていないことを胸裏で確認して安堵する。 裕幸と自分の想いにあまりにも距離があって、今はまだついていくのがやっとだ。 裕幸によってもたらされる惑乱や愉悦に、いつか慣れる日が来るのだろうか。 しばらくただ抱き合ってから、最後に軽くキスをして裕幸はドアの向こうへ消えた。 外はまだ雪が降り続けていて、吐く息が白い。街頭の灯りに浮かび上がる裕幸は耳まで赤くなっていて、そういうところは単純に微笑ましいと思う。 業務日誌を書けば、後は副館長に挨拶をして帰るだけだ。亮も事務室へ戻ろうと踵を返しかけ、足を止めた。
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