第11章

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何せ時間だけは死ぬほどあったから、シュミレーションは何通りもした。 本気で告白するときは、精一杯格好よく、と決めてたのに、実際に口から出た言葉は嗚咽交じりの、自分でも耳をふさぎたくなるくらい、みっともない声だった。 だけど、そんな惨めな懇願だったからこそ、亮は心を開いたのかもしれない。 想いを口にしても、亮にとって虫唾が走るほどに不愉快ではないのだろうとは思っていた。もしそうならもうとっくに縁を切られていたはずだ。 でも、どうせはぐらかされてなかったことにされるのだろう。そうやって誤魔化されている間にいつか亮は素敵な女性を見つけ、そ知らぬ顔でそのひとと手を取り合って歩いていくのだろうと、半ば諦めてもいた。亮には、そうして気づかないふりをするのが裕幸のためだと思い込むような、一種頑迷なところがあった。 もしそうなってしまったら、そのとき亮を笑って見送ることが出来るだろうか。近い将来起こり得そうなリアルで残酷な未来を想像するのは、自傷行為によく似た裕幸の悪い癖だ。一度思い描いてしまうと心から離れず、不意に脳裏に浮かんでは裕幸を絶望させた。 だけどそれは全て過去の話だ。 まさか亮が受け入れてくれるなんて。今でも信じられない。 身に染み付いた習慣がからだを華北図書館から自宅まで運んでくれたけど、心はいまだに忘我のときをさまよっている。 けれど雪が降る寒空の下、いつまでもぼんやり突っ立っているわけにもいかない。手袋を嵌めた手で門扉を開いて中に入り、玄関の鍵を開けようとかばんに手を入れたときだった。 「お帰り」 内側から扉が開き、母親が顔を出す。 「ただいま」 夜道になれた目に、蛍光灯の灯りがまぶしい。 「遅かったわね。夕飯の支度出来てるから、手を洗ったらすぐ来てちょうだい」 玄関先で雪を払っていると、母はすぐさま背を向けて台所へ戻っていった。裕幸の好物である、から揚げを揚げる、美味しそうな匂いが漂ってきている。 コートを掛けてから言われたとおりにダイニングへ向かうと、そこにはすでに良裕が席について待っていた。食卓の中心には一抱えはゆうにある寿司桶が二つ据えられ、その周りにも所狭しと裕幸の好きな惣菜が並んでいる。 今日、職員室に呼ばれ担任から合格通知を渡された後、家族にはすぐに合格したことを知らせた。このご馳走は、そのお祝いということだろう。
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