第11章

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しかし熱い風呂に入った後ベッドに潜るも、中々寝付けない。しばらくからだを横たえたまま粘ったが一向に睡魔は訪れず、諦めて暖かいお茶でも飲むことにした。 冷たいスリッパに足を入れ、階段を下りる。ダイニングのドアを開けると父はまだ晩酌中で、珍しく母も付き合っていた。 「あら、裕幸。もう寝たのかと思ってた」 「何か寝付けなくて。あったかいものでも飲もうかと」 「ほうじ茶淹れてあげようか?」 「お願い。…なに、二次会してるの?」 入れ違いに台所へ立った母に代わってダイニングチェアに腰掛ける。よく見れば父は少し目元が赤く、アルコールに強い父が平日の中日にこれだけ呑むのは初めて見た。 「父さん。顔赤いよ。明日会社あるのに大丈夫?」 「いやぁ、分かってはいるんだけど。自慢の息子を肴に呑む酒は上手くてなぁ」 「他人が居ないから、謙遜する必要もないし」 「母さんまで」 ひょっとして今までひたすら裕幸を称える、親バカ丸出しの薄ら寒い会話を延々続けていたのだろうか。想像しただけでげんなりする。 どうやらまずいタイミングで下りてきてしまったようだ。今すぐにでも二階へ戻りたくなるが、母は湯を沸かすところから始めているらしく、中々お茶が出てこない。 仕方なくつけっぱなしのテレビを観るともなしに眺めていると、父がスルメを齧りながら、ぼそりと尋ねてきた。 「今さらだが、本当にあの大学でよかったのか?」 「何で?」 つまみが並ぶ皿からチーズを選んで口に放り込みつつ尋ね返した裕幸に、父は真顔で答える。 「お前の頭なら、もっと上の大学だって狙えただろう」 つまり父は、裕幸が本当は県外の大学へ行きたかったのではないかと気にしているのだ。確かに県外へ出れば選択肢は飛躍的に広がるが、下宿代がかかる分、金銭面での負担はより大きくなる。 出来るだけ彼らに迷惑をかけないように生きるのは、もはや裕幸にとっては習い性になっていて、県外の大学なんて最初から視野になかった。義務教育はともかく、高校、その上大学まで行かせてもらえて、特に父には感謝してもしきれない。 だけどそれを決して父には言えはしない。 父は機嫌よくテレビを観ているふりをしながら、裕幸の返事を待っている。
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