第11章

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「偏差値に合わせて大学を決めるんじゃなくて、オレはオレのやりたいことをしに行くからいいんだよ。それに…オレ、地元に好きなひとが居るから、どっちにしろ県外には行きたくなかったし」 当たり障りのない言葉で誤魔化すよりは、少しでも真実を伝える努力をしようと思えたのは、もちろん亮の言葉があったからだ。 裕幸自身は、両親に自分の性癖を打ち明けるつもりは一生なかった。口先だけで適当に煙に巻くことは、本音でぶつかるよりもずっと楽なことで、これまでだってずっとそうしてきた。 だけど、生真面目な亮が打ち明けたいと望むのならば、聞き入れてあげたい。自分に出来ることなら何だって。 「好きなひと?」 これまで頑なに色事の話を避けてきた裕幸が、突然こんなことを言い出したのだから、両親はふたりとも驚いている。特に台所にいる母親は驚いているだけじゃなくて、妙に取り乱しているというか……。 訝しく思いながら母をまじまじと見ていると、気まずそうに目をそらされた。 …嫌な予感がする。 横目で母を観察しつつ、もう少しだけ突っ込んだ話を付け足してみる。 「うん、実は、今日そのひとと付き合うことになったんだ」 言った途端、母は茶筒を取り落とした。その瞬間疑惑は確信に変わった。 本当はまだ少し迷いがあったが、片親だけでも息子がゲイであることを知っているのなら、ハードルはだいぶ低くなる。 「その相手って…」 「この間まで、家庭教師に来てくれていたひと」 いざ口にするには亮に想いを打ち明けるより勇気が必要だったが、言ってみると胸がすっとした。 意外と父は驚かなかった。 ごく自然に杯を傾けながら尋ねてくる。 「あれ、その方って社会人じゃなかったっけ」 「うん、七つ上。最初は俺が一方的に好きになったんだ。オレが十才のころだった」 「十才のころから!?じゃあ、かれこれ…八年越しの恋か。しかも、十才ってことは、多分初恋だよな」 滑らかに続けられる会話に、父がその家庭教師が男性であることを忘れているのかも知れない、という疑いが濃厚になったが、あえて裕幸は気づかないふりをした。 「うん。最初は全然相手にしてもらえなかったんだけど、八年越しにようやく叶ったんだ。すごく真面目なひとで、真剣に考えて受け入れてくれたんだ」 「そうか、良かったな。実る初恋もあったか」
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