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父はスルメを噛み締めながら、うんうん頷いている。一切れ裕幸にも手渡され、受け取って口に入れる。久しぶりに食べると、意外と美味しい。
何となくいい雰囲気になったところで、愕然として声も出なかった母が復活した。
お盆に人数分のほうじ茶を載せて、ダイニングに戻ってくる。
「ちょっと待ってお父さん。大事なこと忘れてない?」
「大事なこと?」
しばし無言で譲り合ったが、母は折れない。
「……裕幸、ここまで言ったんだから、最後まで言いなさいよ」
「菜奈、お前、何か知っているのか?」
訝しげな顔を見せる父に、残酷な事実を告げるのはとても後ろめたい。
「………そのひと男のひとだよ」
重苦しくため息をついた母の迫力に負けたわけではない。
ただ、父があまりに純粋に喜んでくれるので、良心の呵責に耐えかねたのだ。
父はすぐには言われた意味が理解出来なかったようだ。寝耳に水という言葉がぴったり当てはまるこの反応からすると、母はどうやら父には全く相談していなかったらしい。
一般的には女性は男性より口の軽いイメージがあるが、裕幸の母に限って言えば正反対だ。
つくづく口の堅いひとだ。知ってはいたが、我が親ながら底知れないものを感じる。
父は口の中のスルメをごくりと飲み込み、かなり迷ってからほうじ茶の入った湯飲みを手に取った。
せっかくの気持ちよく酔う機会を奪ってしまったことを、少しだけ申し訳なく思う。
「その、本当にそのひとが好きなのか?いや、お前の気持ちを疑うわけじゃないんだが、若さゆえの勘違いってこともあるし」
「八年間片想いしてたって言わなかった?勘違いだとしても、八年あっても解けないのなら、その勘違いはもう一生解けないと思うな」
「そうか。…そうだよな……」
とりあえずおっかなびっくり反論を試みたものの、軽く撃墜され、父はしょんぼりと肩を落とした。
これまでずっと優等生を演じてきた長男の突然のカミングアウトに、どう対処したらいいものか決めかねているらしい。視線を宙に据えたまま無言でお茶を啜っている。
どうせ最初から認めてもらえるとは思っていない。どうせ彼らには生涯分からないことだ。
それどころか罵倒されてもおかしくないと、ある程度は覚悟していたのだが、こちらの予想以上に淡々と受け止められ、裕幸の方こそ困惑してしまう。
「いいのよ、裕幸」
「母さん」
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