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「お母さん、あなたがいつ打ち明けてくれるのか、ずっと待っていたから」
罵るどころか母には優しく微笑まれ、うやむやにしてしまいそうになるが、裕幸は大事なことを訊くのを忘れなかった。
「母さんはオレが同性愛者だっていつから気づいてた?」
「そりゃあ、母親だもの」
母は湯飲みを手の平で包み込むよう添えて、慈愛に満ちた眼差しを向けてくる。
しかし裕幸は騙されない。正直擬態には自信がある。
「オレの部屋、勝手に漁ったね?」
「……まぁ、だって、ほら。……お母さんだし……」
真っ向から見つめて問い質すと、さすがに母は目をそらした。空になったつまみの皿を手に台所へ逃げていく。
「そういうことされたくないから、絶対に部屋散らかさないようにしてたのに」
自室の押入れ奥深くに隠したアレコレを母に見られたのかと思うと恥ずかしいやら腹立たしいやら。
恨めしげに睨んだが、システムキッチンのカウンターの向こうに立つ母には届かなかった。
いっそ開き直ったそぶりで堂々とシンクに溜まった洗いものを片付け始める。
「それがそもそも違和感があったのよ。彼女を連れ込むわけでもないのに、男の子の部屋が三六五日いつだって片付いてるなんて、おかしいじゃない」
「…正論だな」
完全に上の空だと思っていた父が余計な合いの手を入れてくる。
母に顔を向けたまま、視線だけ父に寄越すと、父は気持ち後ろに後ずさった。
「父さんは自分の私物を勝手に家族に見られても構わないんだね?」
「でもそんな理由でこどものプライバシーに踏み込むのは、よくないと思うぞ。うん」
裕幸の眼差しに押し出されるように妻に提言してから、投げやりに湯飲みを空にする。
家族の中で一番押しに弱いのは,意外と父親なのかもしれない。
母は深く息をつくと、急須にお茶のお代わりを淹れてもどってきた。
「もちろん、それだけの理由じゃないのよ。…ほら、裕幸中学校に入った頃、様子がおかしかった時期があったじゃない。塞ぎこんでいたかと思うと、空元気出してみせたり。まさか裕幸に限ってそんなことはないだろうとは思ったんだけど、新しい環境だしもしかしたら苛めとかにあったりしてないか、心配になって。あの頃、あなた平均よりだいぶ背が低かったし」
「………」
「それで、ちょっとだけお部屋を見たら、その、そういう雑誌があったから。それが原因だったのかな、と」
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