第11章

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万事につけて大らかな父はともかく、こと家族のこととなると妙な勘を発揮する母が、あの頃何も言ってこないことを訝しく思っていた。だが、気づいた上で見守っていたのだとすれば、腑に落ちる。 まぁ、母の推測は当たらずとも遠からずと言ったところだが。 あの頃自分がゲイであることを悩みもした。けれどそれよりも、自分が不義の子だという事実を知ってしまったことの方が、ずっと悲しみは深かった。 ともあれ、これで母が裕幸の拙い虚勢を指摘しないでいてくれた理由が分かった。 そういう意味では、同時期に自分が同性愛者だと気づいたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。 「でも、それ以来、あなたの部屋で探しものをしたことはないから安心して。…なんて言っても信用しきれないかもしれないけど。必要であれば鍵でも取り付ける?」 母は申し訳なさそうに裕幸の顔色を伺ってきたが、今となってはどうでもいい。 これまでずっと自分を縛り続けてきた枷の一つを、もう背負わなくてもいいのだ。 ようやく実感が沸くと共に、どっと肩から力が抜けた。 だらしなく椅子の背もたれに凭れ、頭をかく。 「いいよ、そんなの。それよりオレ、家出たいんだけど」 空になった湯飲みを差し出しつつ、なるべくさりげなく告げたつもりだった。 しかし言った瞬間父と母は色めき立った。その反応は性の嗜好を暴露したときよりよほど顕著で、裕幸は面食らった。 「家出たいっていうか、その、」 「理由が何であれ、あなたのプライバシーに立ち入ったのは軽率だったと思ってるわ。ごめんなさい。だから今までお父さんにも言わなかったの」 裕幸の発言に対しては一切触れずに、母は重ねて謝罪してくる。まるで裕幸の言葉を聴かなかったことにしたいみたいだ。 高校卒業と同時に、家を出たいと言うのは、それほどおかしなことだろうか。 進路を決めるときにも全く口を出さなかった両親の、予想外の反応に裕幸は目を丸くした。 「その件は、関係ないよ。もう過ぎた話だし、母さんが心配してくれてたのはよく分かったから。家を出たいっていうのは、亮さんがルームシェアしないか、って誘ってくれたからで」 「どうしてルームシェアなんかする必要があるんだ。うちからでも十分通えるだろう」
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