第11章

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大切に抱きしめていたこの輪の中に、いつしか裕幸自身の居場所はなくなってしまったけれど。それでもこの痛みに耐えることが、裕幸に出来る唯一の恩返しだから。 「……変なこと言って、ごめん。忘れて」 声は不自然に枯れたが取り繕うことも出来ず、やっとの思いで立ち上がる。両親の視線を気にする余裕はもうない。 虚ろな目をそらしたまま、足早に立ち去ろうとする裕幸を呼び止めたのは父だった。 「待て、裕幸。お前、本当に、家を出たいのか?」 父の声は常になく弱々しく、迷っているのが聞き取れる。 彼らはどうしてこれほどまでに頑なに裕幸が離れることを厭うのだろう。二度と会えなくなるわけではない。ただ恋人と暮らしたいと言っているだけなのに。 しかしどんな理由があるにせよ、自分の行動で父や母を困らせたくはない。 普段なら即座に否定するところだけど、今日は振り返って足を止めた。 「……うん」 両親に反抗してまで、裕幸が自分の意思を主張したのは高校生になって以来、初めてかもしれない。 裕幸の小さな、だけど揺るがぬ応えを聞いて、父はがっくりと項垂れた。 リモコンを操作して、つけっぱなしになっていたテレビを消すと、途端に賑やかだったリビングは静寂に包まれる。 「…そうか……」 椅子の背に肩を深く預けた父は、からだから力が抜けてしまったように見える。母はそんな父を心配そうに見守っている。 中途半端にドアノブに手をかけたまま、裕幸は固唾をのんで父の返事を待った。 言葉を失った三人の上に、微かな雨音が降り注ぐ。 いつの間にか雪は雨に変わっていたらしい。カーテンの隙間から覗く窓ガラスにひっそりと雨粒がぶつかっている。 「…そうか、そうだったのか。反抗期もないし、妙に聞き分けがいいし、ずっと不思議には思っていたんだ」 独り言のように呟いてから、父は母を振り返った。母は頭を振って何かを訴えたが、父は母から裕幸に視線を移し、じっと目を見つめた。 「……お前が、家を出るときになったら、言おうと決めていた大切な話がある」 「お父さん、まだー…」 母の制止を断ち切るように、父は一息で言い切った。 「お前は俺とは血が繋がってはいない」 「………え?」 思ってもみなかった相手からの突然の告白に、裕幸は瞠目した。 声も出せずに目を見開く裕幸の動揺を、別の意味で解釈したのだろう。父は、深く息を吐いて眼鏡を外した。 母は顔を手の平で覆ったまま動かない。
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