432人が本棚に入れています
本棚に追加
/163ページ
「ほんまに助かったあ。でも、ほんとは丸山くんが手配するべきなんじゃけえねっ。櫻井さんにこんなこと、させちゃダメなんじゃけえねっ」
うう、すんません、と若い男がうなだれる。四人の男女はタクシーのどの座席に乗り込むかを議論し始め、それは簡単に決着がついたのか、最初に優弦に声をかけた男が後部座席の運転席後ろ、ちゃきちゃきと場を仕切っていた若い女は真ん中に、彼女に怒られていた若者が助手席に乗り込んだ。真ん中の彼女が、
「櫻井さん、チャドさんにどこのホテルに宿泊しているのか聞いてください」
優弦はルームミラーで後部座席を確認する。彼女の左側、助手席の後ろの席には大柄で彫りの深い顔つきの、浅黒い肌をした男が座っていた。どう見ても、その顔は日本人ではない。彼女の右側の男が流暢な英語で大柄の男と話を始めた。
(東南アジア系の人かな? 稲荷町のホテルに宿泊しているのか)
短い英会話を優弦が耳に拾っていると、
「平田さん、チャドは駅前のアピホテルに来週末まで滞在するって」
平田と呼ばれた若い彼女は、はい、と健気に返事をして、
「じゃあ、運転手さん。まずは稲荷町から観音本町、それから新井口経由で……」
「宮島方面へお願いします」
最後の言葉はあの男の声だ。かしこまりました、とアクセルを踏むと優弦は小さな幸運に、にやけそうになる顔を引き締めた。
(ラッキーだ。思っていたことが本当になるなんて)
車が発進すると途端に、はあっ、と車内が安堵のため息に満ちる。四人の会話から、優弦に声をかけた男が櫻井、若い男女は丸山と平田、外国人はチャドという名前だとわかった。
「……櫻井さあん。これから毎日、こんな時間になるんですかあ?」
真ん中の平田が、少し鼻にかかった声で隣の櫻井に問いかける。櫻井は、まさか、と言いながらも、
「でも、しばらくは今夜に近い状況が続くかもね。もちろん向こうの開発部隊には、夜間テスト中は必ず立ち会うように改善はしてもらうよ」
最初のコメントを投稿しよう!