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 由美は、あのサービスエリアのベーカリーで大量にパンを買い込んで、車内はしばらくの間、こうばしい香りに包まれていた。  ええじゃんか、と丸山に文句を言いつつ、由美の目は壁一面に並べられた色とりどりのジャムの瓶に釘付けだ。 「ネーブルとか美味しそう。ええ、これはゴボウ? なになに、茹でたソーセージにかけたらおいしいって、うわあ、気になる!」  優弦も入り口近くの小瓶に書かれている初めて見る果物の名前に感心していると、なにやら櫻井と丸山がこそこそと話をしている姿が横目に写った。櫻井に耳打ちされ、緊張した面持ちで何度か頷く丸山の様子を見ていたら、話が終わったのか二人が優弦に視線を向ける。  二人に同時に見られて首をかしげると、丸山は親指を立てた右手をつき出し、口を真一文字に結んで、うん、と優弦に頷いた。 (なんだ?)  用でもあるのかと声をかけようとした途端、くるりと背を向けた丸山は由美の横に歩みよると、 「あっ、これってなんのジャムすか? うわ、ぜんぜん漢字が読めん。すみません、これなんていう果物でできとるんですか?」 と、店の奥にいた品の良い店主の女性に話かけた。由美も丸山の問いかけに興味を持ったのか、二人で店主の説明を聞き始める。  優弦も気になって二人に近寄ろうとすると、いきなり櫻井に左の手首を掴まれて店の外へと連れ出された。 「えっ? あの……」  しーっ、と櫻井が人さし指を唇の前に立てて、いたずらっぽく笑う。そして早足で店の横の小路に優弦を押し込むと、ずんずんと歩き出す。優弦はわけもわからずに、大きなストロークで歩く櫻井に歩幅を懸命に合わせた。  しばらく黙って歩いていた櫻井が、ちらりと後ろを確認すると急に「走るよ」と、駆け出した。優弦は状況が理解できないままに手首を引っ張られ走り出す。この町は櫻井も初めてだろうに彼の足はまったく迷いもなく進んで、前のめりになりながら懸命についていく優弦は、どこに連れていかれるのかと不安になった。  それでも、掴まれた左手首の締めつけは、そんな小さな不安など打ち消すような強さと熱さで、目の前の大きな背中さえ見失わなければ大丈夫だと妙な確信が生まれた。
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