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(それで櫻井さんは車内では二人を後部座席に座らせて、サービスエリアでも二人だけにして、今はこうしておれを連れて姿を消したのか)
「そうでしたか。じゃあ、これから二人の様子をこっそり見に行くんですか?」
少し楽しそうに言った優弦に、
「隠れて様子を見守るなんて、そんな無粋なことはしないさ。それに本当は君とおれだけで尾道を散策する目的だったんだ。だから彼らは彼らで好きにしてもらおう。やっと君と二人になれて嬉しいよ」
思わぬ台詞にどきりとする。恥ずかしさに視線を外した優弦を櫻井は特別不審にも思わなかったようで、
「さてと。これから平田さんに追いつかれないようにしなくちゃね。一応、丸山くんには平田さんの予定ルート通りにおれたちは先に行ったって伝えてもらうけれど、彼女はその気になったら歩くのが速いからな。おれたちはこれからロープウェーで山頂に向かおう。でも、まずは目の前の階段を攻略しないと」
櫻井が山側に視線を向ける。そこには急勾配の長い石段が優弦たちの前に立ち塞がっていた。
「さすがは坂の町だな。日頃、運動をしていない身にはなかなかに堪えるね」
口では面倒そうに言いながらも、櫻井の言葉の端々にはちょっと浮かれたニュアンスが混じっていた。
「さ、行こう」
櫻井が、すっと優弦に右手を差し出した。その手を取ろうか取るまいか迷っていると、櫻井は先を促すように優弦の背に手を添えた。ダッフルコートに押し当てられた大きな手のひらの温もりを背中に感じながら、優弦は隣の櫻井を見上げて頬が熱くなるのを感じていた。
心持ち足早に狭い路地を櫻井と歩いていく。映画の舞台に何度もなっただけあって、古いその町並みはゆったりとした時間が流れていて、ここに馴染みのない優弦にもなぜか懐かしい想いを抱かせた。
大きな神社の隣にあるロープウェー乗り場に着いた。ここでも櫻井がさっさと二人分のチケット代を支払う。朝のカフェラテから、昼食のラーメン、そしてこのロープウェー代と、櫻井は優弦に財布を取り出すためにポケットを触るタイミングさえも与えてくれなかった。
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