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尾道水道(おのみちすいどう)っていうのか。なんだか大きな川みたいだな」 「川?」 「ちょっと海に見えないなって。ほら、おれが熱だして倒れたときに見た夜の海の方が、らしいよ」 (はつかいち大橋から見た満月の夜の海の光景……)  たしかにあの夜は珍しく雲もなく、銀色の月の光が静かな波間に降り注ぎ、島々を照らし出して幻想的な景色を作り出していた。 「でも、ここからの風景もとても綺麗だ。おれは海のないところで育ったのになんだろうな、とても懐かしい匂いを感じる」  春はまだほど遠く、潮の香りをのせた風は頬を冷たく撫でているが、優弦と櫻井はしばらく並んで展望台からの景色を目に焼きつけた。  緑色の急な山肌に建ち並ぶ古い寺院や民家の屋根。小さく聴こえる列車の走行音。そして対岸の島に渡る船はよくできたミニチュアのようだ。  空の色が映っているのか、それとも逆なのか、仲良く色を分けた空と海の青が眩しくて、優弦は瞼を細めた。 「月見里さんは海が身近にあるから、こういう景色は見慣れているんじゃない?」 「そうですけれど、見慣れるなんてことはないです。いつ見ても違いがありますから」 「へえ、そうなのか。小さな頃から海が好きだった?」 「ええ。幼い頃、泣くとよく兄が海を見に連れて行ってくれました。船舶免許を取ったら父の船を借りて、おれを乗せて沖の牡蠣筏まで。……太陽や月の光を受けて輝く水面を見ていると不思議と気分が落ち着くんです。嫌なことも悲しいことも忘れられて……」  そこまで言って我に返る。今、自分はなにを口走っていた? 心の内を他人に晒してもなにもいいことはない。優弦は慌てて話題を変えようと、 「きっと、対岸の向島からこちら側を眺めても綺麗なんでしょうね」 「ああ、そういえば平田さんが言っていたな。夕方帰る前にフェリーに乗りたいって」  そのとき、櫻井がダウンジャケットのポケットを探ってスマートフォンを取り出した。画面に親指を滑らせていたら、その眉根に小さく皺を寄せて、 「……もう平田さんにおれたちがいないことがバレたらしい。不審がって彼女が探しているそうだよ。まったく、丸山くんも、もう少し本気を出してくれたらいいのに」
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