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そしてさらに、
「平田さんは当初のルートで探しているようだ。こっちはかなり先行しているけれど、いつショートカットされるか分からないから途中で二人を巻かなきゃいけないかもな」
丸山の恋の後押しのためとはいえ、櫻井は積極的に優弦と二人で行動することを選択してくれている。
「じゃあ、おれたちはここから下るか」
櫻井が手を伸ばして優弦の肩に触れた。それが本当にさりげなくて、優弦はあとからこの展望台にきた観光客を気にする間もなかった。
櫻井と一緒に千光寺公園から続く文学の道へと足を運んだ。多くの文豪、詩人を魅了した、その風景を望みながら、途中の句碑や彼らの息遣いがまだ残る建物を探訪する。
彼らの残した一文を目にして、櫻井がその言葉を諳じるたびに、その低く優しい響きが優弦の鼓膜の奥に入り込んで、なぜか背筋がうずうずした。
立ち寄った千光寺でおみくじを引くと、「すごいね、月見里さんは大吉?」と、小さな紙を覗き込まれる。そこでも右半身に体を寄せられて、櫻井の体温がダッフルコートを通じてもはっきりと感じられた。
「なになに? 願い事、『思い通りになる、早ければ吉』、待ち人、『おそけれど来る』 ……恋愛がすごいな。『この人こそ幸福を与えてくれる』、か。さすがは大吉」
「櫻井さんのは、なんて書いてあったんですか」
「ああ、おれは小吉。あまり良いことは書いてないな」
櫻井は自分のおみくじの内容を優弦に見せることはせず、すたすたとその場を離れて沢山の紙が結わえられている細い鉄線に括りつけた。優弦もそれに倣って櫻井のおみくじの隣に大吉の紙を括った。
千光寺をあとにして、もう山の中腹ほどまで下って来ただろうか。ふと、櫻井が立ち止まり、またスマートフォンを取り出すと、
「早いな、彼らは今からここへ降りてくるようだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「どうも、丸山くんの根性はここまでのようだね。平田さんはかなりの勢いでおれたちを探している。もしかしたら、もうすぐ後ろに……」
そのときだった。しっ、と優弦の唇の前で指を立てた櫻井が耳をすませて、
「……、聞こえた?」
「……、はい、はっきりと櫻井さんを呼ぶ声が……」
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