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 ――――さぁくらぁいさぁぁぁん。  優弦と櫻井が驚きで顔を見合わせる。櫻井は、行こう、と優弦を急かして坂道を下り始めた。優弦は櫻井についていきながら、 「もう平田さんたちと合流したほうが……」 「いやだね。せっかくここまでお膳立てしたんだ。なにがなんでも丸山くんには、平田さんをものにしてもらうっ」 (どうしてそこまで丸山さんに肩入れするんだろう)  息が上がり始める。今日はなぜか走ってばかりだ。前を行く櫻井の背中と引き離されそうになるが、優弦の足も覚束なくなってきた。  ぜぇ、と呼吸音が濁ってきたところで、前を行く櫻井がいきなり振り返ると、「こっちだ」と、優弦の二の腕を掴んで引き寄せた。強く腕を掴まれたままで、細い入り組んだ路地へと連れ込まれる。ときどき急な階段につまづきながら、優弦の目の端に奇妙なオブジェが流れていく。 (あれは、猫?)  通り過ぎたオブジェをもう一度確認したいと少し後ろに顔を向けると、今度は先ほどよりも鮮明に由美の声が聞こえてきた。 「櫻井さんっ、こっ、声がかなり近づいてきましたよ、っ」 「わかってる! 一度隠れてやり過ごそう」  櫻井は目についた脇道へと入り込んだ。そのまま古い民家の軒先を抜けて、奥へ奥へと進む。やがて道は行き止まりとなり、櫻井は草木の繁みに体を埋め込むようにしゃがみ込んだ。  優弦も、掴まれていた二の腕を強く引かれて前へとつんのめる。転びそうになって短く声をあげると、櫻井は素早く手を広げて、体勢を崩した優弦をかばうように抱きとめた。  地面に突いた膝に痛みが走る。でも、それよりも優弦は、自分の額を櫻井の肩に強く押しつけていることに動揺した。  早く離れようと咄嗟に櫻井の胸に手を突いた。厚いダウンジャケット越しでも、しっかりと硬い胸筋の感触にびっくりする。 「すっ、すみませ……っ」  慌てて立ち上がろうとしたが、櫻井は手を離してくれない。それどころか逆に、肩を掴んでいたその腕は背中へと廻されると、優弦の体は櫻井の腕のなかに絡め取られた。 (いったい、なにが起こって……)  今の状況が理解できない。優弦が声をあげようとすると、「静かに」と低く耳元で囁かれた。
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