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そんな優弦の焦りなど知るよしもない櫻井が、右手を優弦の背中から離すと、なにやらもぞもぞと動き始める。どうもダウンジャケットのポケットを探っているようだ。やがてなにかを取り出した櫻井の右手が、小さく動くのが感じられた。優弦は少しうしろへ顔を動かしてみる。横目にかすかに入ったのは、スマートフォンの画面の上を忙しなくタップする櫻井の親指。そうしているうちにも由美たちの足音が近づいてくる。
「この先って、どうなっとるんかね?」
(ああ、そこの曲がり角を覗き込まれたら見つかってしまう……)
胸を打つ早鐘に堪えきれず、櫻井のジャケットを掴んだ。そのとき、あっ! と丸山の大きな声が響いて、優弦は思わず櫻井の胸に顔を隠すように埋めた。
「櫻井さんからショートメール入りました! 今、平田さんが行きたがっとったカフェを捜しよるって!」
丸山のやけに芝居がかった台詞と、ええっ、と由美の驚きの声が重なる。櫻井は優弦を抱えたまま、親指をさらに画面に滑らせて、
「櫻井さんたち、どうも逆ルートを通ったみたいっす。もう山から下りたって」
「じゃあ、この山道を歩いて登って、ロープウェーで下ったってこと?」
「みたいっすね」
「っ! なんなんよっ! もおっ!」
由美の苛立った声が高く響いた。
「ほら、平田さん早よう行きましょう。この道を降りたとこにある広場には猫がようけおるんすよね? きっとそのうち、櫻井さんたちに合流できると思うけえ」
丸山の弾んだ調子に後押しのされて、二つの足音が遠ざかっていく。しばらくすると、「あっ、猫ぉ。カワイイ~」と、由美の明るい声がして、そして静かになった。
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