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二人でしばらく見つめあう。やがて櫻井は優弦の両肩に手を添えると、また顔を近づけてきた。
(また……、キスされる……っ)
思わず顎をすくめ、ギュッと目を瞑る。しかし櫻井は、予想に反して優弦の額に自分の額をコツンとつけてきた。
予想外の行動に恐る恐る目蓋を開ける。すると櫻井が小さく吐息を吐き出して呟く。
「……ああ、とうとうやってしまった」
溜め息混じりの櫻井の囁きに、優弦の胸がキリリと痛んだ。
(ああ……、おれは気がつかないうちに……)
櫻井は後悔しているのだ。その場の雰囲気に流されて男とキスをしてしまうなんて、なんてことをしたのだと。きっと今、彼は冷静になって悔やんでいるのだ。
(またおれは思わせ振りな態度をとっていたんだ……。だから櫻井さんは……。このひとはこんなによくしてくれるのに、どうしておれはいつも……)
角膜の表面が潤んで、鼻の奥も痛くなる。慌てて櫻井から逃れようとしたとき、優弦の耳に意外な言葉が滑り込んできた。
「好きだ」
その言葉は鼓膜を通り抜けても優弦の頭に届くのに時間がかかった。やっとその意味が理解できたところで、もう一度、
「君が好きだ、優弦」
今度ははっきりとわかったのに優弦は、「えっ?」と気の抜けた返事をしてしまった。そんな優弦をゆっくり引き寄せ、櫻井が腕を背中に廻してくる。正面から抱きしめ、また左の肩に顎を乗せた櫻井が、
「本当はもう少し時間をかけて君を口説こうと思っていたのに。だめだな、こうしていると気持ちが溢れて止まらなくなった」
大きな手のひらが優弦の後ろ髪に差し込まれると、小さな子供に言い含めるようにまた、「好きだよ」と、囁かれた。その告白があまりにストレート過ぎて優弦は思わず、
「……でも、平田さんだって櫻井さんのこと、好きなんじゃ……?」
急に櫻井が体を離して優弦の顔を覗き込む。その表情は驚きに溢れていて、そして、
「平田さんがおれを? 彼女は優弦狙いだろう? だから今日だって無理矢理におれたちについて来たんだと……」
「いえ、どう見たって櫻井さんのほうですよ。おれなんか、逆に邪魔者なんじゃないかって」
そこまで言って優弦はあることに気がついた。
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