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「優弦……」
これは櫻井の声なのか、ジェイクの声なのか、優弦には聞き取れなかった。
あのとき、ジェイクと自分の恋は終わった。赤城の計らいで優弦は人知れずシマノを退職した。退職後は家に隠りきりになり、ベッドに横になったまま身動きもできず、起きていればジェイクとの日々を想い哀しみの涙を流し、眠るとあのレイプの夜を悪夢に見て苦しみに涙した。
幸いなことに広島の佐川が、「物産展の商談で東京に来ている、会わないか」と、連絡をくれたことで優弦の酷い有り様が発覚し、そのまま強制的に広島へ連れて帰られた。それから佐川に世話になり、心を癒して、そして今の生活に落ち着いた。
「アカギが、自らも排除されるかもしれない危険を冒して私に告発してくれた。このままではシマノが滅茶苦茶にされると彼も憂いていたんだ」
「それで君はサーバルからシマノを取り戻して、優弦を蔑んだ奴らを粛清していったのか。今、サーバルは急激に資金繰りが悪化しているとも聞く。それを仕掛けたのも君だな?」
ふふ、とジェイクは笑ったが、その瞳には冷たい光が宿っている。そして彼はその瞳を櫻井の横に座る優弦に向けて、
「私たちを引き裂いた者はすべて排除した。おまえがあの告発に加担などしていないと言ってくれたことで、あれが仕組まれたことだともはっきりとした。だからもう大丈夫だ。ユヅル、今度こそ、私と一緒に来て欲しい。私はまだおまえを愛している」
優弦は驚いてジェイクを見た。まだおまえを愛している。ジェイクはたしかにそう言った。優弦を見つめるジェイクの緑色の虹彩は、優しい気配をまとっている。
(ああ、あの頃のジェイクだ。でも、なぜだろう……。どうしてこんなにも彼を恐ろしく感じてしまうんだ……)
優弦の逡巡がわかったのだろう。櫻井が優弦を庇うように背中へ隠すと、
「身勝手な言い草だな、ジェイク。今さら優弦を取り戻そうというのか?」
厳しい視線を向ける櫻井にジェイクは肩を竦めて笑いかける。
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