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「ほんまに、ええ天気になってよかったあ」  これは何回目の台詞だろう。後ろの由美が言うたびに「そおっすね」と、隣の丸山が相槌を打つ。後ろの二人がはしゃぐ様子に、助手席の櫻井(さくらい)がため息混じりで優弦に苦笑いの視線を投げた。 「あっ! 月見里(やまなし)さん、その先のサービスエリアに絶対入ってね!」 「はい、忘れてませんよ、平田さん」  優弦(ゆづる)は左に方向指示を出して、高速道路の本線から小谷(こたに)サービスエリアに進むと広い駐車場に車を停めた。 「パンっ、パンっ、焼っきたてパンっ」  ご機嫌にタクシーを降りた由美が丸山をお供にレストハウスへと入っていく。優弦はドアロックを確認して、待っていた櫻井と一緒に二人のあとに続いた。 「やれやれ。小学生の遠足みたいになったな」  不満気な櫻井の横顔を見上げて、優弦は小さく笑う。今朝、マンスリーマンションに櫻井を迎えに行くと、彼は少し不機嫌な様子でマンション前に立っていた。後部座席のドアを開けたにもかかわらず、自分で助手席側のドアを開けると無言で乗り込んできたのだ。 「あの櫻井さん。一応、お客様ですから今日は後部座席に」 「……実はね、急に平田さんと丸山くんもついてくることになったんだ。ちょっと不用意に口を滑らせたら二人に知られてしまってね。平田さんが、私も尾道に行きたいって異様に盛り上がってしまって」  今週末は東京から奥方がやってくるチャドに気を許して、優弦と二人で尾道に行くことを話してしまい、彼らに筒抜けになったのだと言う。  櫻井を横に乗せて、丸山、由美と順番にピックアップして高速道路に入ると、あとは由美と丸山のはしゃいだ声だけが車内に響き渡っていた。  この小谷サービスエリアに寄るのも由美の希望だ。ここは広島に本店のある有名なベーカリーが運営していて、本店と同じクオリティの焼きたてのパンが常時売られており、レストランや軽食コーナーも他のサービスエリアとは違いハイセンスなものを置いている。由美はわざわざ朝食も採らずに、軽食コーナーのBLTサンドを本日の第一目標にしていたらしい。
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